小説 | ナノ


▽ クリスマスの日に 2


クリスマスイヴを迎えた街は、いつもとは全く違った顔を見せていた。これから始まるお祭りに、どいつもこいつもソワソワしている。いつもは辛気臭い顔をしている通行人も、今日だけは街の活気に当てられたのか、陽気にはしゃいでいた。
そんな中、崖の下でも見下ろしたような真っ暗な顔をしているやつが一人。栗原は、さっきから黙り込んだままチラリとも口を開こうとしない。
「あー、お前さ……」
沈黙を埋めるために吐いた言葉も、尻切れトンボのまま終わった。こんな顔されたら、なんて声かければいいのかわからねぇよ。
栗原はそんな俺をちらりと見遣り、やがてぽつりと呟いた。
「先生、さっきなんであんなこと言ったんですか」
「……」
「それが先生の本心ってわけじゃないんでしょう」
どこか拗ねたような言葉に、俺は苦い唾を飲み込む。
確かに、自分でも白々しい言葉だった。どれだけ自分が相手を想っても、向こうがそれに応えてくれるとは限らない。そんなこと、小学生でも知ってることだ。

黙り込んだ俺を、栗原は探るような目で見上げてくる。この時俺は、言葉を濁して煙に巻くこともできたはずだった。けれど、知らず知らずのうちに口から零れていたのは、誰にも話したことがなかった遠い日のクリスマスのこと。
「……俺もさ、クリスマス、大抵一人だったんだ。親は仕事で帰り遅いし、姉貴は友達のクリパ行っちまうし……だから、栗原の気持ちも、ちょっとわかる」

その言葉に、初めて栗原が顔を上げた。
「……先生、」
「最初の頃はさ、それでも期待しちゃうだろ。今年は帰ってくるんじゃないかって、わくわくする気持ちを必死に抑えてさ。それで最後はやっぱり、裏切られて。そしていつか諦めて、思うんだ。ああ、俺、親に愛されてないのかなって」
今の栗原みたいに。
だけど。
「違ったんだ。俺達はただ、すれ違ってただけだった。気づくのが遅すぎたんだ。気づいた頃には、俺達の心の距離は時間なんかじゃ埋められないところまで来てた」

ざらざらした言葉を舌の上でころがす。

「……結局、今でもすれ違ったままだ」

「……」

栗原は何か言いかけて、また唇をかんでうつむいた。
「さっき、どうしてあんなこと言ったんだって聞いたな。見てられなかったんだよ」
昔の俺と、同じ道を辿ろうとしていたから。
その先には本当の孤独しかないのに。
「じゃあ、」
奇妙な声音の声だった。
「じゃあ、先生は、ずっと迷子だったんですね」
栗原のその言葉は、不思議にストンと収まった。瞼の裏に、お互いを求めてさ迷ういつかの俺達が映った。
「……そうかもな」
「俺も、先生と同じでしょうか。……俺も、ちゃんと愛されているでしょうか」
思わず言葉に詰まる。愛されていると言葉にするのは簡単だ。でも、それで栗原は納得してくれるだろうか?
苦労して絞り出した答えは、我ながら間抜けな問いだった。
「お前、サンタって信じてる?」
「……?」
「俺さ、サンタ、中学卒業するまで信じてたんだよな。さすがにソリ乗って空飛ぶなんてのは信じてなかったが、地域ごとに組合があってそこのおじちゃんおばちゃんがやってるのかなってさ」
わざと明るい声音で、おどけたように。
「お前は?サンタ信じてる?」
「サンタが父さん母さんだって、小学生の頃から知ってましたよ」
得意げに、そしてどこか照れたように、栗原は笑った。


「じゃあこの辺で」
「遅いから気をつけろよ」
栗原は、手を振って人混みに消えていった。ポケットの中の携帯が震える。
「涼宮だけど」
通話に出た途端、耳に流れ込んできたのは同僚の賑やかな声。
『あっスズさん!なにやってんだよー。もう汐莉さんも来てるよ!』
『ったくどこほっつき歩いてんだ。パーティー予定の時間とっくにすぎてるじゃないか!』

『さっさと帰って来い、秋穂!』

「……くくっ」
思わず喉が鳴った。
全く、二十歳も過ぎた男集まってクリスマスパーティーなんて。
「……幸せだなぁ」
『?秋穂、今なんか言ったか』
「なんでもねぇよ。今から帰る」
『早歩き』
「へいへい」
ブチッと切れた電話を見やって、俺は踵を返し……ふと、見慣れた人影か目に入って足を止めた。くしゃくしゃの黒髪。うつむいた顔。まるで迷子のような──…。
「確かに、親とはすれ違ったままだけど、こんな俺でも、一緒にいてくれる奴がいるんだ」
「俺はもう、迷子じゃないよ」
幼いころの俺に背中を向けて歩き出す。家へ――俺が帰るべき場所へ――…。

prev / next

[ novel top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -