リフレッシュルームの片隅のソファに珍しい姿を見つけた。広い部屋だというのに小さな体をさらに縮こまらせてノートパソコンを弄りながらコーヒーをすする、明るいオレンジ色の髪とそばかすが印象的な、俺達がよく知る神羅の研究者の彼女、エヴァ・イツハーク。
見習い入社から始め、最年少で神羅の科学部門に正式に所属した科学者と囁かれ、否応なしに人目を引くエヴァがこの空間にいることは珍しかった。いつも科学部やら資料室といった閉鎖的で孤独な空間にこもりきりでいるのを好むエヴァには、リフレッシュルームは広く開放的すぎる上に、普段付き合いがない不特定多数の人間の存在に緊張して仕方ないらしい。リフレッシュルームにいると言うのに、あれでは逆に周りに気を遣いすぎてストレスが溜まっているように見える。
仕方ない奴だな、と苦笑する俺の脇をすり抜けて、いつもより少し上機嫌になったジェネシスがエヴァに真っ直ぐ近づき、声をかけた。

「エヴァ、リフレッシュルームにいるのは珍しいな」
「あっ、ジェネシス...様に、アンジール様」
「......様?」
「...変なものでも食ったのか?」

見上げてきた彼女の口から出た呼び方に、ジェネシスと思わず顔を見合わせてから、エヴァに疑問を投げかける。
エヴァと俺達は長い付き合いの幼馴染みで、互いに気が置けない仲で、普段は呼び捨てで呼びあってきた仲である。たしかにエヴァの方が、教育熱心な両親に推されて早く神羅に入って疎遠にもなったが、神羅で再会してからはもう一度親密になったはずだ。
少なくとも、気はずかしそうに慣れない様付けなどされて呼ばれるような覚えはない。

「えっと......あの...二人とも、英雄って呼ばれてるセフィロスと肩を並べるソルジャー1stだから...」
「それがどうしたんだ?」
「...自分のファンクラブがあるの知ってる?」
「ああ...勿論知っているが、なんだ?」

小さな声で、自身なさげにしどろもどろに喋るエヴァの言葉と、先程の呼び方にどう関係があるのかよく分からず首を捻っていると、少し項垂れたように呟いた。

「...周りが、様付けで呼ぶような人気者な二人と冴えない研究者の私が、幼馴染みだからって人前で親しげにしてたら、二人のイメージダウンにならないかなって...」

だから周りに合わせた呼び方を...
消え入りそうな声で語るエヴァに、俺が何を言ってるんだと言うより先に、ジェネシスが「馬鹿か」という一言を述べてエヴァの隣に腰をかけた。

「研究者として最年少登用された奴が、俺達の幼馴染みだとイメージダウンになる?言ってる意味がわからないな」
「うっ...だって...ソルジャー1stとはレベルが違いすぎるもん...こうやって隅っこで一緒に話してるのだって、きっと不思議がられてるよ」
「だからなんだ。不思議に思うなら思わせておけばいい」
「エヴァ...今回はジェネシスのいうことに俺も賛成だ」
「アンジール...」
「お前は俺達が誇れる幼馴染みだ。何も気後れする必要はないぞ」

だから距離を置くのはやめてくれ。
そっと頭に手を置いて撫でてやれば、安心したようにエヴァは目を細めた。
相変わらず小動物のような反応に、小さく吹き出したジェネシスと共に苦笑をもらせば、エヴァはバツが悪そうに頬をかいた。

「...アンジール、ジェネシス」
「ああ」
「なんだ?」
「...また私、考えすぎてた?」
「フン...言うまでもなく考えすぎだ」
「エヴァらしいが」

苦笑とともに返せば、ごめんねと短い言葉と、同じように苦笑が返ってくる。

「...そんなことより、リフレッシュルームにいるなんて珍しいな」
「何かあったのか?」
「あっえっとね、研究室の新しく入ってきた後輩ちゃんたちがみんなのファンらしくて、トークが熱くなってきたから、ちょっと逃げてきたの」

だからここにいて、さっきの質問かと納得できた。

「私、アンジールのファンクラブだけしか入ってないから...」
「そうかエヴァはファンクラブに入ってない......えっ」
「...アンジールのファンクラブには入ってるのか?」
「うん。いつも配信メール読んでるよ。結構、知らない人視点でアンジールの知ってるとこ読むの楽しいね」

爆弾発言を落とした本人は、穏やかに笑っているが、俺達の心境としては穏やかではない。エヴァ、ジェネシスの俺を見る顔を見てくれ。
「お前だけ???」と口ではなく目で語るほどに、こいつが嫉妬して傷ついていることに気づいてくれ。
本人に聞けと顎で指せば、ジェネシスは考えあぐねるように視線をさ迷わせたあとに、意を決したようにエヴァに向き直った。

「エヴァ...どうしてアンジールだけなんだ?」
「えっ......あーできた当初にね、人数少なかったから同期の子に入ってって誘われて...」
「そしたら俺のにもついでに入ればいいだろう?!」
「ジェネシスは......ほら、私が入らなくても女の子ファンは既にいっぱいいたから」

いいかなって。
困ったように笑い指で頬をかくエヴァと、やきもきした想いを抱えたまま想いを言いあぐねているジェネシスを見て、両者の気持ちを知っている俺は内心頭を抱える。
いいわけがないんだ。
ジェネシスにとって一番自分のファンでいてほしいのは紛れもなくエヴァであるのだし、エヴァ自身ジェネシスのことだけを見続けてきたのだから、変に周りに気後れする必要はない。それなのにも関わらず、なぜこうもこの2人はお互いを前にすると雄弁にはなれないのか。特にジェネシス、普段の流暢に詩を語るお前はどうした。

「...もういい...お前はいつもいつも、どうしてそんなことを気にするんだ」
「だって......ジェネシスのファン、過激な人多いって聞くし」
「臆病め」
「...臆病でいいよ」

もっとお互いの想いを打ち明けてはくれないものか。
何年も前から、一番伝えたい言葉を飲み込み続ける2人を見てきたが、悲しい程に焦れったい。
……お前たちがくっつかないと、なんのために俺が身を引いたのかわからないじゃないか。

end
君と俺達の関係図
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