──時間はかかったが、日記の最後のファイルを読み終えた。
エヴァ・イツハーク博士の手記は、彼女の秘めた痴情の結末すらなく、中途半端な期待を抱えた文章を最後に、終わりを迎えていた。
…実際、この日付からしばらくして今は語らないことが暗黙の了解となっている、彼女の失踪に絡むあの事件が起きたのだから、書き綴る暇などなくなったのかもしれないが。
しかし同時に、やはり恋情が彼女に失踪の道を選ばせた理由の1つなのだろうと確定はできた。
しかし、本当にそれだけがあれほどの凶行を全て肯定した理由なのだろうか?断定するには、まだ早い気がするが、これ以上の手がかりは──。
ふと、目に付いたデスクトップの隅に貼り付けられた無題のテキストファイルに気づいた。
最初からあったのだろうが、整頓された中にぽつんと無造作に取り残されていて、目に入らなかった。マウスを動かして開く。そこには改行もされていない文章がつづられていた。

『どうしてなんだろう。どうして彼だけがこうなってしまったんだろう。私の大好きな人。大切な人。私の今の知識では彼を助けられない。ここにいても、彼を助けられない。それに、お互いに全てを知った今、私が私である限り、彼を絶望させてしまう。命を弄んだ科学者が許せない。同じ科学者になった自分が許せない。私の命が許せない。知らなかったとはいえ、彼を苦しめるひとつでしかない自分が、何よりも許せない。それでも、一緒にいたい。彼を一人にはしたくない。この気持ちは、何も変わらない。たとえ、私が本当に──彼の妹だとしても』

「(妹…?!どういうことだ?博士と奴の間に血縁関係の事実が…?)」
「ツォンさん、なんかありました?」
「……いや、エヴァ博士とあのテロを起こした元ソルジャー1stが兄妹だったと聞いた事はあるか?」
「は?恋人だったとしか聞いた事ねーんすけど?!」
「……兄妹で、だったと?」
「当時の振る舞いから考えても、本人たちも最初は知らなかったように思うが……博士には隠された事実がある可能性がでてきた」

これ以上の事実はこの部屋では追えないかもしれないが、と口にした時、「失礼します!」と駆け込んできたマニの姿。

「どうした、マニ」
「エヴァ博士の身体は、宝条博士が回収したと情報が掴めました!」
「宝条博士が?」
「彼女は元科学部門の人間ですから、身元の引受人もいない足抜けした彼女の身体を回収してもおかしくはありませんが…ただ、詳細な情報の開示は上からストップがかかりまして…」

それ以上は私では、と不甲斐なさそうに悔しそうに肩を落としたマニに、十分だ、と声をかける。

「明らかに上は、博士について何か後暗いことを隠している裏付けはとれた」
「でも、宝条博士に引き取られているなんて…その、大丈夫なのでしょうか」
「でも既に死体の可能性のが高いだろ、それ」
「ルーファウス副社長に同じこと言えるの?それ」

顔を見合せて、不毛な掛け合いを始めるレノとマニを「よせ」と一言で止めて、椅子から立ち上がった。

「上からタークスの調査にストップがかかった以上、実際、エヴァ博士の遺体の回収も事実の探求も難しい。これ以上は副社長に社の権限を手に入れてもらうしかないな」
「でもツォンさん、それ…副社長に言えます?『弊社の明らかにされていない上層部の秘密の中に、エヴァ博士も絡んでますがそれ以上は現状手を入れられません』って」
「…言うしかないだろう。それもタークスの仕事だ」

怒り狂って八つ当たりをしてきそうな短気な副社長の姿は浮かぶが、いちいちそれに引けをとっていては、総務部調査課であるタークスの主任は務まらないことをよく知っている。…ため息は、出るが。

END
終話:調査員達の結論
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