──ジェネシスの負傷から数カ月。
傷は癒えたものの、甘い話を期待して空けようとしていた時間もなく、すぐにジェネシスの体に原因不明の別の問題が浮上し、私は焦っていた。ソルジャーのみに起こる不治の病とも言える症状、肉体と精神が崩壊し死に至る"劣化"の兆候がジェネシスに見られたからだ。何をしても細胞から崩れていくそれを発見した当時、信じたくない私以上にジェネシスの全てに絶望したような顔が忘れられなくて、科学者である私が絶対に、何をしても彼を助けると心に決めた。でも、ソルジャー技術が主研究ではない私が深く調べるにはすぐに手詰まりになり、悩んでいた。その時、声をかけてきた人がいた。

「エヴァ、お前のような才能ある科学者がソルジャー研究の知識がある私と組んでくれたなら、ジェネシスを、引いてはソルジャーを劣化現象から救うことができるかもしれないぞ。それにお前が知らない真実も、私は教えてやれる」

その人は、上司の1人でもある研究者のホランダー博士だった。彼は確かに古株の科学者だったが権力争いに敗れたせいか卑屈な性格で正直、宝条博士と並んで、あまり好きではない上司だった。怪しくて手を借りることに、躊躇いもした。でも私にはどんな手でも、知識でも、真実でも必要だった。ジェネシスを、この世界の何よりも私は愛していたから。可能性があるのなら、私はなんにでも手を染めようと、決めた──。

***

今日も呼び出してきたホランダー博士の個人の研究室に入った瞬間、誰かに首を捕まれ壁にそのまま叩きつけられた。息は詰まるし、叩きつけられた勢いで背中や後頭部を打って一瞬くらりときたが、思いがけない犯人の姿に驚き、意識はすぐに戻ってきた。

「うっ…ぁ…じぇ、ね…しす…?!」
「エヴァ…お前は、全て知っていたのか…!?」

こんな乱暴なことをする、烈火のごとく怒っているジェネシスを見たのは初めて。ああでも、もしかしたら、知ってしまったのかもしれないと苦痛に喘ぎながらも言葉を返そうとしたら、部屋の主であるホランダー博士が慌てた様子で「やめないか!」と割って入ってきた。それで察してしまう。彼も私と同じく全て聞いてしまったのだと。
ぼんやりとひっかかりながら薄れる意識を繋いで、生理的に目にたまっていく涙をにじませていると、ジェネシスがようやく手を離してくれた。床に倒れ込み、急激に器官に入ってきた酸素に思わず背を丸めて咳き込む。

「エヴァ…、俺は…俺は…!」

私よりもしんどそうな、どこか後悔しているように震えた声に、本当はこんなことをジェネシスもしたいわけじゃなかったんだろうと察せた。長い付き合いなんだもの、そのぐらいはわかる。それに今回は、先に知らされたことを言えなくて、言いたくなくて黙っていた私が悪い。
だからこそ、落ち着いてきた喉を抑えて「ごめんね」と顔を上げて、苦い笑みを返せば、苦虫を噛み潰したような顔をして膝をついて、きつく私の身体を抱きしめてきた。びっくりしたが、私の首を絞める姿より、こっちの方がまだ、いつもの繊細で優しいジェネシスらしい。
だって、私の知るジェネシスは、激情家ではあるけど不器用だけど優しくて、簡単に暴力を振るうような粗野な人じゃない。だから、彼は何も悪くない。悪いのは私と──、この人。
ぎゅ、とジェネシスの背中に手を回し返し、ホランダー博士をレンズの奥からきつく見つめた。

「す、全て……話したんですか、ジェネシスにも」
「ああ、私たちの目的には彼の協力が必要だろう?遅すぎるくらいだ」
「…わ、私たちの目的じゃない。貴方の目的にでしょう。私はただ…この人を劣化から救うために知識と技術を使いたいだけです」
「そのためにお前は、私を日陰に追いやって飼い殺している神羅への復讐に協力するのを同意したろう?私は代わりに劣化の治療研究に協力する。そう取り決めをしたじゃないか。神羅に背く結論は同じだ」

私たちは一蓮托生に他ならない。分かっているだろう、と言いたげに鼻を鳴らすホランダー博士に悔しいが返す言葉もなく口をつぐめば、ホランダー博士は、わかったらお前がジェネシスと話をつけろと部屋を出ていった。
離れていく足音を聞きながら、ジェネシスが「全て、本当なのか」と掠れた声で呟くのが聞こえた。

「ソルジャーが…俺とアンジールが、ジェノバという古代の未知のモンスターの細胞を埋め込まれて…実験的に神羅の科学者たちに作られて生まれさせられたことも…俺が、その失敗作であるが故に、劣化して今ゆるやかに1人で死んでいこうとしていることも」
「…うん」
「…エヴァ…お前が、俺とアンジールが、バノーラ村での精神的な成長のために理想的な異性像として人為的に造られた存在なのも──」
「本当、らしいよ」
「っ…なら、俺と…父親の遺伝子が同じだという妄言のようなことも、」
「……嘘だったら、良かったよね」

「そんなことがあってたまるか!!」と吼えるジェネシスに、全て本当だとしかいえない自分に嫌気がさす。同時に、何もかも嘘にはならない現実に、涙が出そうになった。
だって、私の両親は、元神羅の科学者。だからきっと、全部知っていたんだ。他にもあの村には事情知りがいただろう。でも、ジェネシスに私が恋することをあまり両親たちがよく思ってなかった理由が、こんな気味の悪い理由だったなんて。

「エヴァ…いつからお前は、知っていたんだ」
「…私も少し前にホランダー博士から聞かされたの。さっき言ってた取引をもちかけられた時に」
「それで、承諾したのか…?!何を考えて、」
「馬鹿でしょう?明らかに利用されてるのは分かってる…でも私はね、ジェネシス、貴方の劣化を止められる可能性を掴めるなら、私のなにもかもを捧げるって決めたんだ」

肩を掴んできたジェネシスに、にへ…と笑いかけると、ジェネシスはただ苦しそうな顔を返された。そんな顔をしないで。これは、私のためなの。美しい言葉で詩を綴るように夢を語る貴方に恋をした、私のエゴなの。

「ジェネシス。お願い、そんな顔しないで。私が貴方をただ助けたいだけなの。このまま神羅にいたら、それは叶わないと私は判断した。それだけのことだよ…だから、嫌ならホランダー博士の誘いは聞かなかったことにして、」
「馬鹿なことを言うな!」

両肩を掴まれ怒鳴られて、肩が跳ねる。

「そんなことできるはずがない…!!それに真実を知って神羅にいられるはずもない!!それに治りたいのは俺だ…俺の願いだ!だからお前じゃない…俺がホランダーの取引に応じた!そしてお前を俺が道連れにする!筋書きなんてものが必要なら、それでいい!!」
「!ジェネシス…どうして…私が、私が先に裏切ったのに…」

私には、背負わせてくれないの?
喪失感に思わず零れた私の涙を、真っ直ぐに見つめ返してくるジェネシスが親指で拭ってきた。

「……お前を、好きだからだ」
「!」
「ずっと昔から、好きだった。初恋から、ここまで」
「ジェネ、シス…」
「こう思うようにお前との関係さえ、全部操作されてたのかもしれない。思い出のどこかで消える幼い恋で終わるように……だが、俺の気持ちは誰に反対されても、何を見ても、変わらなかった。兄妹だと今更言われても、俺の心はこの先も永劫、変えられそうにない」

愛しているんだ、エヴァ。
とぷり、と穏やかな水面に静かに注がれるように、切実さを伴って落とされた言葉が心に染みて、耐えきれない感情の波が瞳から溢れた。
お前も同じ気持ちだったんだと信じたいが、と促すように穏やかな瞳で見てくる彼の胸にすがりついて、唇を嗚咽混じりの声で歪ませた。

「私も…好き…ずっと、ジェネシスを好きだった!誰にも許されなくても、もういい…!貴方を、絶対に死なせない」
「…エヴァ…もっと早く言えばよかったな」
「大丈夫…まだ時間はあるよ、ジェネシス」

二人でなら、この絶望も超えられる。
少しだけ魔晄色の光と見つめ合い、どちらともなく唇を重ねた。

──それまでの虚偽の世界を、見限って。


STORY END
そして約束のない明日へ
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