「あ、エヴァ博士!」
「ザックスくん、体力測定お疲れ様」

こちらに気づいたブルネットの髪のまだ若いソルジャー、ザックスくんに片手を小さく上げると、彼は爽やかに笑って片手を振り返して駆け寄ってきてくれた。真っ直ぐで元気な彼の性格は相変わらず好ましく、目をかけているアンジールが彼を仔犬だと比喩している理由もよくわかる。

「エヴァ博士も俺のスクワット見ててくれたんだな」
「本当は今回は担当じゃなかったんだけどね。担当の人が別でやってた実験が、トラブルを起こしたみたいで急遽変わったの」
「なるほどなー。科学者も色々あるんだ」
「そう、色々あるの。科学は未知への探求と未来への挑戦なんだから」

ちょっとだけ誇らしげに言ってみると、ザックス君がによっと笑う。

「…なんか今のそれ、かっこつけてみた?」
「実は、ちょっとだけ…変だった?」
「いや、エヴァ博士そういうとこ可愛いよなあって思った」
「ザ、ザックスくんたら…そういうこと色んな女の子に言ってるのくらい私だって知ってるんだからね?」
「えー?そんなことないって!どこ情報?」
「アンジール情報、かな?」
「アンジール……!風評被害ってやつだってそれぇ…!」

大袈裟にしょんぼりと項垂れるザックスくんに、悪いなあと思いながらもくすくすと少しだけ笑い、体力測定の結果を書いたカルテを見せる。

「相変わらずスクワットの成績がすごかったよ。体力と筋力の評価だけならソルジャー1stも夢じゃなさそうだね」
「まじ?!じゃあエヴァ博士が推薦してくれよ!」
「それは直属の先輩のアンジールからの総合的な判断待ちだねぇ」
「ちぇー」

上がったり下がったり、ころころと変わる表情が可愛らしくて、ちょっと彼には癒されるところもあって、緊張せずに話すことができる。アンジールもかなり大事にしている後輩みたいだから、彼には人と親しくなる才能みたいなものがきっとあるんだろうな。
それは人間にとって、とても重要で尊い才能だ。

「まあ、でも私個人はザックス君のこと応援してるよ。はやく夢が叶うといいね」
「おっ、エヴァ博士の応援があるなら100人力だな!」
「また調子がいいこと言うなぁ…でもザックス君はそのままがいい感じかもね」
「ほんと?」
「うん、本当」

肯定の返事を返した時、「ザックス、測定終わったのか」とザックス君に声をかけにきた別の人物の登場に少し肩が跳ねる。声をかけてきた方を見れば、よくザックス君といるのを見かけるソルジャーの子ではあるが、あまりその時に話しかけることはないから、慣れていない相手に少し心が引けてしまう。が、ザックス君から私の方を見た彼と目があってしまった。確か名前は、カンセル君と言ったはずだ。

「エヴァ博士も測定お疲れ様です」
「あ、えと、いいえ。し、仕事なので」

つい視線を落として、言葉がうまく出ずにまごまごと話してしまう。彼を嫌いなわけではないのだが、よく知らない人とのコミュニケーションそのものが私は得意じゃない。
緊張で口の中はカラカラになるし、引き攣るように吃ってしまうし、不快に思われたかも。

「え、えっと…た、たしか貴方はカンセル君、でしたよね…」
「!エヴァ博士、俺の名前覚えててくれたんですか…?!」
「よ、よくザックスくんと話しているのを見かけるので…か、カンセル君も、今測定終わったんですよね?お、お疲れ様です」

名前とザックス君との関係を覚えていただけだった。それなのにそんなに感激されるとは思わずなかった。慣れないことに、嬉しいような、どう返事をしたらいいのか、そわそわしてしまう。
うまい返しも思いつかないまま慌てて、これからも2人とも頑張って、と再度手を軽く振ってからザックス君とカンセル君の前から離れることにした。カンセル君がまだなにか言いたげだった気もしたが、情けないけれど、申し訳ないけれど、緊張で変なことを言ってしまうのが、私は1番怖い。

***

「…ザックス、見てたか?」
「おー、見てた見てた」
「人見知りのエヴァ博士が俺の事覚えてくれてた…」
「よかったじゃん、カンセル。お前エヴァ博士のこと気になってるって言ってたもんな」
「お、大きい声で言うなって!
「エヴァ博士ってアンジールの幼なじみなのにお固くないし、優しいもんな」
「こう、こんなかわいい幼なじみがいたらいいなって理想みたいな女性だよな…アンジールさんたちが羨ましいよ、俺」
「たち?」
「ザックス、お前ホント社内の噂話とかに疎いよな…」

end
科学部門のおしごと
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