傲慢。憤怒。強欲。色欲。嫉妬。暴食。怠惰。

エネルギー資源もまだなく、科学が発展を始めるより昔、人ならば誰もが持ち得る欲望、感情。それらを身を滅ぼしかねない原罪として表した、悪い悪い七つの言葉。これらは総称して、七つの大罪と呼ばれた。
けれど、どこの誰だっただろうか。忘れてしまったけれど、何年か前に、科学が発展した今、古の原罪などより、人はもっと罪深いことをするようになったと、新たな七つの大罪を提唱した学者がいた。その学者の論文は覚えている。
まるで心臓を突かれたように、印象的だったから。

遺伝子改造。人体実験。環境汚染。社会的不公正。貧困。過度な裕福さ。麻薬中毒。

どきりとする言葉の羅列。今思えば、一体あの論文はどこに向けて書かれた警鐘だったのだろう。

「――まるで弊社に向けてみたい…なーんて、言ってたのは内緒だよ?ダークネイション」
「くぅん?」

頑丈な特別性のケージの中で小首を傾げる、科学部門で作り上げた犬型モンスターの仔犬の前にしゃがみ込んだまま苦笑する。新しい七つの大罪。しかし、これらが罪だというなら、私達、科学部門も等しくただの罪人なのだろうか。
人間らしく、トライ&エラーを重ねて培ってきた英智で、より強くより賢く、それから、より忠実に。複雑な遺伝子を改良して作り上げたこの子の命も、罪から生まれた罪の結晶になるのだろうか。

「(人は、神羅は、確かに進歩が星のまわる速度を置き去りにして、性急すぎたのかもしれないけど…)」

けれど、そのために科学は人の未来の灯火になると信じた歩みさえ、犠牲(エラー)という負の側面の果てに、ただ罪深いと否定されてしまうのはとても――…

「…科学者としては、悲しいよね」
「なにがだね?」
「ひょあっ!?る、ルーファウス様!?」

後ろからかけられた声に飛び上がって振り返れば、よく見知っている弊社の社長の御曹司、ルーファウス様。相変わらず涼やかなアイスブルーの瞳と、流れるようなプラチナブロンドの髪が研究室の強い蛍光灯を反射する姿が少し私には眩しすぎて、目を細めた。

「どうしてここに…」

「私の飼い犬になる予定のその仔犬を見にきてね」

君が話しかけてるそれだ、と言われて納得する。
だけど、いったいどこから独り言を聞かれていたのかと少しひやひやした気持ちで、少し、落ち着かなくなる。しかし、ルーファウス様は私の気持ちをよそに、横にきて、私と同様に、ダークネイションの檻の前にしゃがみ込んだ。

「(聞かれてないよね…)」
「エヴァ、君が育成を担当してくれていたとは知らなかった」
「へ?…あっ、ま、任された仕事なので…」
「なるほど…まあ、私としては、君で良かったが」

自分の膝に重ねていた片手をとられ、そのまま制止をいれる間もなく、手の甲に唇を軽く押し付けられた。反射的に、ぴんと指先が伸び、肩が跳ね、顔が一気に熱くなる。

「君とは付き合いが長い…我が社でも数少ない、優秀で、数少ない信頼のおける科学者だと知っているからな」

だからこいつは、さぞ優秀な俺の犬になるんだろう。
私の手を握ったまま、普段秘めている一人称まで使って、にやりと笑う。これ以上、熱くなっては困るのに、首から上の熱が更に上がって止まらない。ああ、きっと今の私はトマトのように赤いんだ。
これ以上はたまらないと、目を逸らして無理やり手を引っこめる。

「る、ルーファウス様…そ、そういうからかいは困ります…」
「からかいか…君が1人を一途に懸想しているように、俺も君に同じ気持ちを抱いているからアプローチしている、というだけなんだが」

想う相手が俺になって欲しいからな。
呟かれた言葉と、流し目に耐えきれず、思わずばっと立ち上がる。

「っ…わ、私、他にも仕事があるので…失礼します!」
「そうか…それは仕方ないな。ああ、だがエヴァ、ひとついいか?」
「な、なんでしょうか…」
「進歩に光と影があるならば、それは清濁共に神羅(おれ)のものだ。君個人のものではない」
「!…ルーファウス様…」
「だから君は、科学者として存分に生きてくれたらいい、俺の下で」

業績に向けられる非難は、全て黙らせるつもりだ。
どこまでも悪どくて貪欲だけれど、それでも尚、綺麗に見える笑みを浮かべた次期社長の姿。
聞いていたんですね、とか、ありがとうございます、とか、色々と言えることはあるのかもしれない。
でも、まるで、一生ここにいろ、と捉えられないこともない言葉に下手な返しをしたら、と考えた末、今の私には上手な言葉は思いつかず、ぺこりと頭を下げ、その場を離れることにした。

「(…でもやっぱりさっきの言葉…もしかして私の罪意識を軽くしてくれようとしたのかな…)」

だとしたらお礼くらいは、ちゃんと言えばよかったのかもしれない。

end
七つの大罪
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