(好きなのに別れる話)


あの頃わたしは幼かったから、恋人同士が別れる理由なんてどちらかが悪いことをしたりどちらかが冷めてしまったりした時だけだと思っていた。だって両方が好きあっているならわざわざ悲しい思いをして別れる必要なんてないじゃない。ずっと一緒に居たらいいじゃない。恋愛関係なんて単純明快、好きだから一緒に居る、好きじゃなくなったから離れる。そういうもんだと思っていた。多少の困難なんて、本当に愛し合っていたら乗り越えられるものじゃない?

「好きだよ」
「ぼくもだよ」
「じゃあなんで?」
「ぼくじゃナマエを幸せに出来ない」

なんだそれ、綺麗事。格好付けてなにいってんの?鼻水を啜りながら胸を叩けば、リーマスの瞳から雫が零れ落ちて、わたしの額を濡らした。

「やだよ、別れるなんて絶対やだ」
「ナマエ、」
「なんでよ、なんでわたしもリーマスも好き合ってるのに別れるの、バカみたいじゃん」
「ナマエ、聞いて、」

リーマスのシャツをくしゃくしゃに握りしめていたわたしの指を、傷だらけの手の平が包んだ。温もりが、慰めるどころか切なくさせる。

「ぼくは本当にナマエのことが好きなんだ。好きすぎて束縛して、ナマエから自由を奪ってしまうのが嫌なんだ」
「そんなのわたし…」
「ぼくがそばにいても君を苦しめるだけだ」
「苦しいかどうかはわたしが決める」
「ナマエ、ナマエ、聞いて」

ああもう駄目なんだ。そんな風に諭すようにわたしの瞳を見て。優しいように見えて本当に頑固者。

「君がいつかぼくの前から消えるんじゃないかって、いつも心配だった。他の人に取られるんじゃないかって、ろくに遊びに行かせてもやれなかった。ぼくには君しか残っていなかったから。でももう苦しんでいるナマエの姿を見たくないんだ」
「なんで……」
「わかってたんだ、苦しめてること。なのにやめられなくてごめん。本当に好きなんだ、ごめん」

リーマスの声が掠れていくのを聞きながら、傷だらけの指がわたしの頬を包むのをぼやけた視界で見ていた。ああわたし、この指を包んでこの人を守ってあげようって思った。リーマスの3人の親友が居なくなったあの夜に。

「いまは悲しくても、大丈夫、ナマエならすぐに良い人が現れるよ」
「リーマスはどうするのよ…あなたにはわたししか居ないじゃない…」
「ぼくは…ぼくは良いんだ。君に出会う前は結婚も、誰かと付き合うことも考えて居なかったんだから」

なんでこの人はこうなんだろう。最後だっていうのに私の心配ばっかりして、どうして自分の幸せを諦めてしまうんだろう。こんな痩せたからだで背負いきれないものを一人で背負い込んで、少しも分けてくれなくて、いや、わたしが引き受けてあげられなかったのかな。もうわかんないや。

きつくきつく抱き締めたら、彼のからだが悲鳴を上げた気がした。掠れた声が耳元で、早く忘れて、と呟く。本当に馬鹿だこの人。わたしも、本当に世間知らずだ。こんな風に複雑で辛くて好きなのに傷付けて傷付けられて守れなくて支えられなくて一緒には生きていけなくて苦しくて、こんな恋愛知らなかった。恋愛ってもんがこんなに辛いんなら、二度としたくない。ただこの瞬間にふたりとも溶け込んで、閉じ込められてしまいたい。





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