(シリウスが死んだあと)
雨がしとしと降る外とは隔てられた部屋の中、昼間なのに光は差し込まない窓に叩きつけられる音がうるさい。もともと古くて埃っぽいのに更にカビ臭さが加わっていて、深く吸い込むと鼻にツンとくる。一応掃除はしてあるけどそれでも綺麗とは言えない屋敷、無駄にだだっ広くて静けさが耳障りだ。少し前までみんなで囲んだテーブルにつくのは私一人、屋敷の匂いをかき消すようにコーヒーカップから湯気が昇った。
「ナマエ、いつまでそうしてるつもりだい」
低い優しい声が、悲しみと少しの怒気を含んで耳に届いた。背後のドアに立つリーマスの視線が背中に突き刺さる。でも私は振り向くことなく、コーヒーの焦げ茶色を眺めていた。
「ナマエ…、」
「いつまでも。」
私の隣まで来て机に腕をつく。突然質問に答えた私に、暫くして溜め息をついた。リーマスは隣の椅子を引くと横向きに腰掛け、私の顔を覗き込む。それでも私は顔を向けない。
「ナマエ、こんなことしていても無駄だ。みんなも心配してる」
「待つの」
「待っても帰ってこない」
「帰ってくるわ」
「いいかい、シリウスは、死んだんだ!」
あえて今までみなまで言わなかったんだろう、言い切ったあとにフゥと辛そうに息をつく。
リーマスは私の肩に手を添えると、ふるふると首を振った。
「君は見てないから、信じられないのもわかる。でも確かに、シリウスは死んだ。殺されたんだ」
「死んでない。カーテンの向こう側に行っただけよ。誰も死体を見てないもの」
「わからないのかい。彼はもう戻ってこない」
「わからないわ」
だって彼は一度戻って来たじゃない。13年経ってやっと帰ってきて、これからもう一度始めるはずだったのに、いま死んでしまうなんて、そんなこと絶対に無い。こんなことって有り得ないもの。私まだ涙も出てない。また戻ってくるんだ、絶対戻ってくる。
「……ナマエ…」
「この家は、シリウスがいつ帰ってきても良いように、私が守るの」
リーマスは黙って席を立った。ドアがパタンと閉じる音がしたけど、私は最初そうだったように、ただ冷めたコーヒーを見つめていた。
ずっと待つ、ただただ待つ。また13年経ったって良い。彼は帰ってくると信じる。
確率ゼロを信じる話
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