(刃霧くんのお宅訪問)


ああいやだ。帰りたい。どうにか帰らせて下さい、神様。

目の前のインターホンに人差し指をかざしながらそう祈った。あとちょっとだけ指が動いたら、呼び鈴は家主を運んでくるだろう。でも私の指は、それのほんの手前で止まっていた。何故かなんて愚問だ。嫌だからに決まってる。
どうして私がこんな葛藤をしているのか、それを語るには、今年の四月上旬にまで遡る必要がある。
新しいクラスにワクワクドキドキ。期待に胸膨む私の高校生活は、一番始めの係決めで出鼻をくじかれてしまった。

「が、学級委員……」

クジで引き当てたその大役に、私はガクリと肩を落とした。
そしてクラス担任(ちゃらんぽらん)から次々と押し付けられる雑用、雑用、雑用の山。それに追われて今日までやってきたのだ。

自分の運のなさにため息をつき、インターホンを押した。
外からでも聞こえる、家中に鳴り響くピンポーン、という音。
余韻を残しながら鳴り響いていた音が消え、暫くしてから、トントントン、と階段を降りる音が聞こえる。
緊張する私に、目の前のドアが開かれた。(急に開けるなんて、不用心。)


「はい?」
「あ……同じクラスの、ミョウジ、です。」


扉の奥から出て来たのは刃霧くんだった。いきなり本人だったのでまたもや緊張しつつ、一応自己紹介をする。
刃霧くんは私服で、私を見て少し黙ったあと、家の中に招き入れてくれた。



「ん」
「あ、ありがとう……」


刃霧家の中は綺麗だった。アンティークっぽい家具が並んだ居間に通されて、中央にあるソファーに腰を下ろすと、机の上に紅茶が出された。
刃霧くんは私の向かいに座ると、自分の分の紅茶を一口飲んで、話を切り出した。


「で、なんでミョウジがオレの家に?」
「あ、実は……本当は先生が来るはずだったんだけど、忙しいらしくて(どうせパチンコだろうけど)、学級委員の私が代わりに……。」
「へぇ。その書類か?」
「うん、そう。」


私がずっと持っていた封筒を、彼に渡した。中には1ヶ月分の書類、宿題が入っている。
彼がそれに目を通しているのを見ながら、そっと尋ねた。


「あの……これもね、先生に聞いてこいって言われたんだけど……。どうして学校来ないの?」


ここ1ヶ月、学校で彼の姿を見なくなった。一匹狼だけどどこか目立っていた彼のことを、心配しているクラスメートも少なくなかった。
私も気にはなっていたけど、普通こんなことを聞いてこいって言うだろうか?無神経だって思われたらどうしよう。
しかも、「連れて来れなきゃ、この書類やらせるから」とまで言いやがった。あいつの笑顔の前には積み重なった書類の山。おーい、なんで私が領収書の清算なんてやらなきゃいけないんですか?
あー、本当あのクソヘドロタコイカスミ教師……、


「言わなくちゃいけないか?」
「あっ! 全然! そうだよね、普通クラスメートには言いにくいよね! ごめん!」


書類を見たままそう言われて、慌てて謝った。いちクラスメートの私がデリケートな問題に立ち入りするほど、彼と仲も良くない。
限りなく不服だけど、あの書類をやるしかなさそう……。あー、そろそろ帰りたいなあ。
そう思ったとき、彼が書類を机に置いた。


「……明日からは、行く。」
「えっ!? あ、本当!? 良かった!」


先生に押し付けられて来た甲斐あったかな!
彼が学校に来てくれて、しかも私もあの書類を片づけなくて済むんなら、一石二鳥! こんなに素晴らしいことってない!
どうして急にそう思ったかは分からないけど、私でも役に立てたのなら嬉しいし!

そう思って笑っていると、向かいのソファーで片膝を立てる彼の視線が、私に注がれていることに気付いた。


「……、?」
「あんたが学級委員長だったのか、全然知らなかった」
「え……(ちょっと傷付く、)」
「こんな可愛い奴がクラスに居たのもな」


膝の上に肘をつきながら、微笑みを携えてそう言った。
……笑ってるの初めてみた……じゃ、なくて……。


「クッ……ははは!」
「、!?」
「顔真っ赤だぞ……ククッ」
「!!」


体中の熱が集まった顔を、彼から背ける。
ひ、ひどい……! からかわれた!
可愛い、なんて言われたら照れるしかないのに!!

悔しい気持ちで彼に背を向け、顔の熱が収まるのを待っていた。
顔の色が戻ったら、すぐに帰ってやるんだから。

ぐるぐると頭の中で考えていると、目の前に腕が現れた。
え、なに? 口にする間もなく、その腕は私の体を抱き締めて、
その力で後ろに倒れ込んだ。


「簡単に男の家に上がり込むなんて、不用心。」


耳元で刃霧くんが囁く。背中には刃霧くんの体温が伝わっていて、いつ移動したのかは知らないけど、腕は背後から回っていた。これはつまり、背中からギュ……。
呆然とする私の顎に彼の指がかかり、横を向かせた。
目の前に広がるのは刃霧くんの顔。


「……問題。」
「……え?はい。……?」
「今からオレは、何をするでしょう?」


刃霧くんの口元が、ニヤリと笑った。




ちょっと待った!
「キ、キスはダメェェ!!!」
「させてくれたら、明日から行く。」
「!!!」

2008年10月初旬執筆 2017/02/18修正

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