(授業中の手紙交換)


5時間目の社会の時間。退屈で暖かくて静かな教室、もうこれ寝るしかないんじゃない。そんなゆったりした空気が流れる中、私は大きくあくびをした。
こんなにも眠いのに寝ていられないのは、もうじきテストがあるからだ。きっとみんなそうに違いない。――私の前に座っている、教科書も何も開いてない奴には関係ないが。

その不真面目な不良は珍しく学校に来たかと思うと、更に珍しく寝ずに授業を受けていた。聞いてはいないけど。

その後ろ姿を暫し眺めていた私は、ふと思い付いて、出来るだけ静かにノートの未使用の1ページを破った。
教科書片手に黒板に向かう先生の目を盗み、そこにシャープペンシルを走らせる。


『拝啓、浦飯くん

ひま。

敬具 ミョウジ』


それだけ書き込むと、紙を四つ折りにし、浦飯くんの机に放り投げた。
それに気付いた彼が振り返って私を見る。ニコニコと手を振ると、怪訝な顔をしながら紙を開いた。


(読んでる読んでる)


クフフ、と後ろ姿を見て笑っていると、浦飯くんが鞄の中から筆箱を取り出した。
ていうか筆箱くらい出しとけよ、と思いつつ、彼が紙に何かを書き込んでる様子に少し驚く。
どうせ「知るか」とか言われて相手にされないと思ってた。


そう思っていると、すぐに彼は四つ折りにした紙を後ろ向きに投げてきた。
机の上に落とされたそれを、ワクワクしながら拾い上げる。
開いてみると、私の丸い字の少し下に、彼のカクカクした字が並んでいた。


『拝啓、ミョウジ

知るか。』


ガクッ、読んだ瞬間軽くコケかけた。
いやまあ「ひま」とか言われても確かに「知るか」だけどさ。
予想のまんまの答えに呆れつつ、気を取り直してシャーペンを取った。


『拝啓、浦飯くん

ちゃんと授業受けてるの珍しいね。』


ちょっと失礼なことを書き、また四つ折りにして放り投げた。
「またか」みたいなリアクションをした浦飯くん(の背中)だが、内容を読むとシャーペンを取る。


『拝啓、ミョウジ

螢子が来いってうるせーんだよ
しかも寝たらビンタってゆーし』


(雪村さん…。)


なんだかスネてる感じに見える文字を追い、視線を上げた。
最前列に座っている雪村さんは、浦飯くんや私とは反対に黙々と授業を受けていた。

そういや2人って仲良いよな、確か幼なじみだっけ。
そんなことを考えつつ、再びシャーペンを取る。


『拝啓、浦飯くん

雪村さんと浦飯くんって付き合ってるの?』


私が投げた紙に書かれたその文を読むと、浦飯くんはだるそうにシャーペンを取った。


『拝啓、ミョウジ

なんでそうなんだよ』


あ、付き合ってないんだ。ふうん、と、心の中で呟く。
どこか安心している自分が居るような気もするが、気のせいです。


『拝啓、浦飯くん

じゃあ好きな人いるの?』


『つーかこの拝啓ってなんだよ?』


あ、無視した。ていうか話をそらした。つまりいるってことだな?


『拝啓、拝啓も分からない浦飯くん

誰?』


『拝啓、拝啓くらい知ってるっつーのバカにしてんじゃねーミョウジ

誰もいるなんて言ってねーし』


『拝啓、拝啓ってなんだ?って聞いてきたのはそっちだし浦飯くんがバカなのは周知の事実だよ。あ、周知の事実って分かる?浦飯くん

往生際が悪いよ、早く言ってしまえ』


『拝啓、お前いっぺんしばくぞ』


ちょっと喧嘩みたくなってきた、ていうか本文より長いじゃねーかっていう拝啓を無視し本文を見ると、浦飯くんは意外なことを書いていた。


『じゃあお前はいんのかよ?』


不良がこんな文章をどんな顔で書いてんだと想像すると、堪えきれずに笑ってしまった。
吹き出した声が聞こえたのか、浦飯くんは後ろ向きのまま、筆箱で私の頭を殴ってきた。
地味に痛い。

殴られた箇所をおさえながら、シャーペンを持つ。手にしたそれを弄び少し考えて、紙に書き始めた。


『拝啓、殴るなよバカ浦飯くん

うん』


そう書いて投げると、すぐに予想通りの答えが帰ってきた。


『拝啓、笑うなよバカミョウジ

誰だよ?』


それに暫しうーん、と考えて、シャーペンをカチカチと鳴らした。
カチカチ、トン、カチカチ、トン、
何度も芯を出し入れした後、息を深く吸って紙と向き合った。


『拝啓、バカ浦飯くん





バカ浦飯くん』



ガタガタドシャーン!


私の文を読んだであろう浦飯くんが、そんな騒音を立てて机を投げ飛ばした。
しんと静まり返っていた教室にその音はあまりに大きく響き、みんな目を丸くして振り返った。
想像以上に良いリアクションに、私も思わずポカンとする。


「……う、浦飯くん……? な、なにを……」
「……いや、別に…」


ビクビクしながら口を開いた先生に、浦飯くんはそう返した。
別にじゃないだろ別にじゃ。と、みんな言いたそうだ(言わないけど)。
だって丁度列と列の間を縫ったから良いものの、机は黒板横の壁にめり込んでいるもの。
私は思わずブッ、と吹き出した。


「!! テメェッ……」
「う、浦飯くん取りあえず……職員室に行って、他の先生に……報告を……」
「……チッ」


顔を真っ赤にして振り向いた浦飯くんに、先生は「もうこれ以上何かあっては叶わん」と、浦飯くんを教室から追い出した。
みんながビクビクするのを余所に、私は肩を震わせて笑っていた。
声は出すまいと手で口を抑えつつも、堪えようとすればするほど物凄く笑えてしまう。

そんな私を浦飯くんは一度、真っ赤な顔でギロリと睨みつけ、教室を出て行った。

「覚えとけよ」と捨て台詞を吐いて。
 


「ナマエ、さっきの浦飯くんなんだったの?」


休み時間に入り、先程の面白さを噛み締めながら教科書を整えていると、友人がそう尋ねてきた。
みんなが驚いているのに一人笑っていたから、なにか知っていると思ったのだろう。


「さー、どうしたんだろーねー。ビックリしすぎて笑っちゃったよ」
「えー、大丈夫? ナマエ……目付けられたかもよ、浦飯くんに」
「あーうん、確実に目は付けられただろうね。復讐っていうかシバかれるかもね。寧ろ殺されるかもね」
「えー」


呑気に笑って話していると、なにやら周囲が騒がしいことに気付いた。
みんな窓際に寄って何かを見ている。しかもうちのクラスだけじゃなくて、窓という窓から生徒が身を乗り出していた。
なんだろ、と考えていた私の耳に、ドデカい声が聞こえてきた。


『ミョウジーーっ!!』


……え、私?嘘、みんな私のこと見てるけど私?他のミョウジさんじゃなくて?いやあの声聞いたことあるけど。
友人に引っ張られるようにして窓際に寄ると、案の定そこには浦飯くんが立っていた。


「……なにこれ。凄く派手な果たし状?」
「……違うよナマエ! ホラ、あれ見て!」


これから自分の身に起こる惨劇を想像し、両手を顔に当て途方に暮れる。
友人はそんな私の腕をぐいぐいと引っ張る。

その顔はとても驚いていて、そして紅潮していた。
頬がほんのり赤くて可愛いな、なんて思っていた私に、校庭の真ん中、浦飯くんの左を指差す。
そこには――……。


「……なにやってんの、あのバカ」
「ナマエっ! どうするの!? どうするの!?」
「いやどうしよう、ていうかあのバカを殴りたい」
「ナマエってば!」


ほんのり赤く染まるどころじゃない私の顔を指差して、
校庭に立っている浦飯くんは拡声器を使って告げた。


『オレに喧嘩売ったこと、後悔させてやるよ』


ヒューッ!! と少し古い囃し立てが飛び交う中、ほぼ全校生徒が注目していることに耐えかねた私は、その場にしゃがみこんで体を隠した。
「あっおい、出てきやがれ」なんてのが校庭から聞こえたがひたすらに無視をした。

くそう、もう後悔してるっつーの。
とりあえず今すぐ雨が降って、白い粉でかかれた殺し文句が、消えてはくれないだろうか。





拝啓、オレの女

2008/08/11執筆 2017/02/18修正

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