(友達以上恋人未満の二人)


「よーナマエ!」


扉を開けた先に居たいつもの顔に、考えるより先に体がドアを閉めていた。


「ちょっおい! 閉めんな!」
「あんたいま何時だと思ってんの!? 朝の4時よ! どうせ徹マンしてたんでしょ!」
「おっさすが。愛を感じるねぇ」
「バカでしょ!」


私の腕力を全て使って閉じにかかったドアを、片手で簡単に開いた幽助(ムカつく)。
早朝というよりも深夜である4時に叩き起こされ不機嫌な私を無視して、勝手に部屋へ入ってくる。

「今日も学校あるんですけどー!?」
「家の鍵桑原ん家に忘れてきちまって、入れねーんだよ。おふくろ居ねーし」
「だからってなんで私ん家に!」
「またまた、分かってるくせに」

サラッと言って放つ幽助に言葉がつまる。さっきの愛がどーの発言もいまのも、幽助がよく言う冗談の一つ。私をからかっているのだ。騙されたりなんか、するもんか!

また勝手に冷蔵庫を漁る幽助に、平常心を保ちつつ聞いた。

「螢子ん家行けば?」
「なんで螢子?」
「なんでって、あんたたち……」
「おっ、うまそーなビーフシチュー!」

幽助はラップがかかったビーフシチューを電子レンジに入れると、次々にビールやらつまみやらと机に並べ出す。
私は諦め、問い詰めるのも変だと、溜め息をつきソファに腰掛けた。大体こいつに問いかけて、まともな返事が返ってきたためしがないのだ。

「うめーじゃん」
「そ?」

向かいのソファでリラックスしている幽助を、頬杖をつきながら見る。
全くこいつは、こんな夜更けに女の子の部屋に来て、どういうつもりなのか。前に来た時にそう問い詰めたら、「そういうつもり」と言って覆い被さってきたから、思い切り平手打ちしたもんだ。

「……ふあ」

幽助を眺めていると、思わず欠伸が出た。
それを見た幽助が顔を上げる。

「寝てもいーぜ」
「絶対寝ない」
「ちっ」

こんな狼を前に無防備に寝るだなんて、いただいて下さいと言っているようなものだ。
眠気に落ちてくる瞼を必死で開き、欠伸を押し殺した。


「オレ螢子とはなんでもねーから」

突然返ってきた答えに体が止まる。幽助を見ると、彼は変わらずつまみをむしゃむしゃと口に投げていた。

「なんでもないって?」
「ただの幼なじみ」
「……またまた」
「ほんとだって、オレ他に好きなやつ居るもん」

リモコンを手にしつつそう言う幽助に、私は驚き顔から手を離した。
そんな話は聞いたことがない。幽助の顔が、テレビから放たれるカラフルな光で、次々と色を変える。

「……誰?」
「誰だと思う?」
「……この間喫茶店で会った時、隣に居た人?」

私の言葉を聞き、幽助がはたと動きを止めた。
テレビ画面から私に視線を移したあと、天井に目を向け、何かを思い出そうと首をひねる。
そして思い当たったのか、拳で手を叩くと、急に吹き出した。

「おまっ……あいつは男だよ!」
「えっ!? めちゃめちゃ綺麗だったよ!?」
「マジだって! ほら、前にお前に話した、蔵馬!」

笑い続ける幽助に、今度は私が視線をさまよわせた。そして先日幽助が言っていた人物と名前が重なり、女と間違えたことに申し訳なさを感じる。


「……しっかしお前は鈍いよなあ」
「……そう?」
「そ。普通自分を好きな男が目の前に居たらわかるだろーに」

幽助の言葉に一瞬全てが止まった。未だにテレビのクイズ番組を見ながらビールを飲む、張本人以外は。
やっと聞こえなくなっていた番組司会者の声が耳に戻ってきて、私は胸の奥が慌ただしく揺れるのを感じた。

「えっ……と……どういう意味?」
「あーなんでだよ、そこは5番だろ」
「ちょっと!」

いつものようにはぐらかす幽助に、自分ばかり焦っていることが悔しく思える。
幽助は二本目の缶ビールを開けると、もう一本を手に取り、私へ差し出した。

「今日はサボれよ。な」

にしっと笑う幽助に、また負けて聞き出せなくなる私。
私は幽助のこの顔に弱いのだ。可愛くて、つい許してしまう。

(……って、なんで私が幽助を好きみたいなっ……)
「よし、賭けしよーぜっ」

テーブルの上の飴を取り上げ、軽く上に投げる幽助。
我に返った時には、どちらかの手にそれを握っていた。


「お前が飴を当てたら、オレとナマエは付き合う。ハズレだったら、付き合わねー」
「なっ……なによその賭けはっ……」
「さあどっちだ!」

ずいっと顔の前に出された2つの拳に、身動きがとれなくなる。
そのおかしな賭けはなんなのか。だが真剣な視線を向ける幽助に、私の指は、恐る恐る左手を指差した。
すると幽助は、ずいっと右手を差し出す。

「えっなに……」
「こっちにしとけ!」
「いや、私は左手を……」
「ったく……じゃあ手品な」

両手を引っ込めると、さっきから体を固まらせる私を、彼特有の、真っ直ぐで綺麗な瞳で射抜いた。

「ナマエは左手に飴があってほしいか?」
「な、なん……っ」


それ以上は口にできなかった。質問に赤くなった私の顔を、彼が覆ったから。目を閉じるのを忘れた視界を、幽助の髪がくすぐる。付けっぱなしのテレビがチカチカと眩しく光った。
やっと離れた彼の顔が、またにしっと笑う。ようやく動きだした頭がことを理解し、声を荒げようとした私の口内に、コロリとなにかが転がった。

「うまいな、この飴」
「……ちょっ、幽助、どういうっ」
「あーねみ、よし寝るか」
「ちょっと幽助っ!!」

答えろ、このヤロー!



(飴は当たったことにしてやろう)

2007/09/25執筆 2017/02/10修正

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