すべては風のなか(レヴィン×フュリー)

シレジアの長く厳しい冬の終わりを告げる春の風と長雨は暖かく、あの血の匂いしかしなかった冷たく、多くを失った凄惨な戦いすらも洗い流して無くしてしまうようだった。この分だと雪をとかすだろう。
シレジア城の自室に何もせず、ただぼんやりと窓の外を見つめていたレヴィンはこの雨の匂いも風が運ぶ土の匂いも好きだった。戦いのないしばしの時間、下手な音楽よりもこの音に、この匂いに浸っていよう、そう思っていた時だった。
まだ雪が少しだけ残る庭に見慣れた緑色の長髪、この雨のなか傘もささずゆらりと立っている人影があった。それはレヴィンがよく知る人物であり、まもなく一生を添い遂げると誓った女性。

「・・・フュリー?」

何やってんだ、と怪訝そうな顔をしながらも、言葉よりも先に体が動いていた。


春の長雨と風は嫌いじゃない。そうフュリーは思っていた。シレジアの厳しい冬を乗り越えて、やってくる風と水滴。鮮やかに花は咲き、人々は土に生命を宿していく。小さな頃から、この雨に浸るのが好きだった。
この雨が、戦いの中で失った多くの命と流された血をもすべて溶かして無くしてしまえば良いと、そしてそこから産み出される悲しみも怒りも、憎しみもすべて。

フュリーは雨に打たれながらギリ、と奥歯を噛み締めた。

嫌いじゃないはずのものが、こんなにも、こんなにも嫌なものだったか。
フュリーの胸の中に燻り続けるものが収まらない。いつも我を忘れず、常に主の槍となれ、盾となれ、翼となれと教えられた天馬騎士の教えなど捨て去りたい。そんな事、今まで思った事など一度たりとて無かったのに。そんな時だった。

「あんまりそこにいると風邪を引くぞ、それとも引きたいのか?」

言われて振り返れば、壁にもたれ掛かる主・・・いや、まもなく夫となる人物、レヴィンの姿があった。組んだ腕には肩掛けがかかっている。恐らく自分の姿を見つけてここに来たのだろう。
が、その表情はどこか読み取れない、小さな頃からずっと一緒にいたのに、何を考えているのか分からない顔をしていた。
「昔から好きだったよな」
「・・・はい、何だか気持ちが良くて」
「そうか、そうだったな」
嘘だ。今は好きじゃない。
そんな事口になど出来ずにフュリーは昔を懐かしむようにくつくつと笑うレヴィンに微笑んだ。頭の片隅でどこか思う、ちゃんと笑えているだろうか。誤魔化せているだろうか。レヴィンはどこか鋭い所がある。フュリーはそう思いながら努めて平静でいようとした。
どれだけここにいたのかもう体が冷たい。それに、いつまでもレヴィンの手を煩わせるわけにはいかない。
「戻りましょうレヴィンさ、っ」
「フュリー」
いきなり抱きすくめられ、フュリーは驚きと恥ずかしさを隠すことが出来なかった。ぎゅうっと力を籠められた抱擁は、離すことも振りほどくことも出来なかった。というよりもその気がフュリーには起きる気すら無かった。レヴィンはその体を冷たいと思いながら、どれだけの時間ここにいたのか、図りかねていた。
「レヴィン様、濡れてしまいます」
「いい、どうせ濡れ鼠だ」
「レヴィン様」
「泣け、フュリー」
びくり、言われてフュリーの体が跳ねた。なにを、と言う前にレヴィンが続けた。それは優しい声で。
「家族が死んで悲しまないヤツなんていない。フュリー、」
おまえは泣きたくて雨に打たれているんじゃないか、そう言われた時、フュリーの心に溢れ出たのは悲しみ。
姉マーニャを失った悲しみ。半身、心を引き裂かれるような痛み。パメラを怒りで討ったときに襲った虚しさ。それが燻りの正体だと気が付いた時、フュリーの目には涙が溢れていた。
「俺しかいない、だから泣け。俺が全部受け止めてやるから」
子供をあやすようにポン、ポン、と背中を優しく叩くと、もう我慢が出来なかった。大人になってはじめてレヴィンにすがり付いた。

「うっ、・・・う、うわああああっ」

声を上げて泣いたのはいつ振りだろうか、姉様、姉様と呼び掛ける声と溢れ出る涙はレヴィンの腕の中で飽和されていく。
フュリーとレヴィンは雨の中で、いつまでもそうしていた。

フュリーの悲しみが溶けていき、涙は大地に沁みていく。
レヴィンはいとおしい存在が、この雨がまた好きになるようにいつまでも抱き締めていた。




あとがき
初のレヴィフュリ。
アダアイ(アーダン×アイラ)の次に好きなカップリングです。
優しく冷静でありながら、本当は繊細な、それでいて激情をうちに秘めて殺しているフュリーとそれを知ってて受け止めてくるむようなレヴィン。
そんな二人だったら良いな。と思います。

2016/3/29 マリ

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