きれいな黒

「ありがとうございました!」
訓練所にシャナンの声が響いた。シャナンの声は疲れのせいか少しかすれ気味だ。頭をあげた時、大きな手がくしゃりと撫でられた。大きな手の主はさっきまで少年と稽古をつけていたアーダンのもの。
「シャナン、だいぶ筋がよくなったな!この調子だ」
「はいっ!」
シャナンはうれしそうに「ありがとうございました!」と一礼して、その場を後にした。それを見守っていたアイラがアーダンに手拭いと水を渡す。今日は暑い。アーダンは汗だくだし、アイラは珍しく髪をまとめている。
「おっ、ありがとな!」
「いつもシャナンの稽古に付き合わせてすまないな」
「気にすんなって。俺が好きでやってるし、可愛い恋人の弟さんだしな」
「ばっ、ばか!」
ベシリ、とアーダンの肩を叩くと「いでっ」と小さく声が出た。アイラの照れ隠しはだいたいこうだ。だがアーダンにとってはそれも愛しいものである。
「シャナンは筋が良い。将来は絶対に強くなるぞ、アイラ」
「そうか・・・」
「アイラ・・・複雑か?」
強くあって欲しい、しかし戦場には出て欲しくない、その気持ちが相まって、アイラの表情は少し曇った。アーダンはそれがわかったのか、アイラにこう言った。
「じゃ、シャナンが戦場に出なくて良いように俺達が強くならないとな」
「・・・そうだな、手合わせを頼む」
「ああ、良いぜ」
向かい合って木刀を構える。そこには誰も踏み込めない緊張感があった。静かに呼吸しながら、お互いに相手に踏み込もうと見計らっている。剣や槍といった武器は命のやりとりをするもの。下手をすれば自分の命を失いかねない。
だが、アイラはアーダンとのこのやりとりが何よりも好きだと感じていた。二人だけの空間とでもいうのか、緊張感と言葉はいらない、無言のやりとり。
「っはあ!」
踏み出したのはアイラ。素早く動いての一撃をアーダンはガツンと音を立てて受け止めた。二人の手には受け止めた時の衝撃かビリビリとした痺れが走る。それをアーダンは弾いた。アイラは女性ながら力が強いが、アーダンと比べれば差は出てくる。
「でやっ!」
「っく、せいっ!」
弾かれたものの、体勢を持ち直し、下からの斬撃をアーダンは二歩後退して避けた。が、足場が悪かったのか少しよろめいた。アイラはそれを見逃さない。続けざまにひゅん、と横に薙ぐ、アーダンの頬を掠めながらもアーダンはアイラの横をすり抜け、上からの斬撃を繰り出した時だった。

カツン、

バサリ、

「あ、」
アイラの髪留めに当たり、黒髪が舞った。一瞬の事に思わず見とれてしまったアーダンの額にゴチン、とアイラの一撃が当たったのはすぐだった。


「いててて・・・」
「すまないアーダン、大丈夫か?」
申し訳なさそうにアーダンの額に氷嚢を当てる。幸いにも彼の額には大きなたんこぶが出来ただけだった。
「大丈夫だ、ありがとな」
あ、でも。とアーダンがごそごそとなにかを探している。ポケットから取り出したのは、アイラが身に付けていた、壊れてしまい、その役目を果たせなくなった髪留めだった。
「ごめんな、壊しちまった」
「ああ、気にしなくて良いんだ。それよりも・・・」
アイラが気になったのは先程の手合わせの時だった。アーダンが一瞬ぽかんとした顔で動きを止めたのが気になっていた。普段のアーダンならばそんな事は無かったのに、今日は。これが本物の戦闘ならたんこぶだけではすまない、何故動きを止めたのか、アーダンに詰め寄った。
彼は一度ぐっと声をあげたが、アイラの強い眼差しに負けて、ポツリと呟くように言った。
「その、綺麗だったから」
「は?」
「アイラの、・・・その、髪が綺麗だなぁ、って」
太陽でキラキラと光って、それがあまりにも綺麗で思わず見とれてしまった、そう言うと、アイラの表情が驚きに変わり、耳まで顔を赤くさせた。
「な、何を言っているんだこのバカアーダン!」
「いっで!叩くことないだろ!率直な感想を述べただけで・・・」
「それがバカだと言っているんだ!恥ずかしいだろう・・・」
言ってからアイラはそっぽを向き、赤くなっている顔を手で隠した。それが可愛らしくて、アイラの髪に触れた。壊れ物を扱うように、優しく。さらさらと流れる髪はまるで天鵞絨のようだ。
「新しい髪留め、買ってやるから。機嫌直せ」
「機嫌が悪い訳じゃない・・・」
「だよな、知ってる」
言ってから、肩を寄せ合う。アーダンの髪を撫でる仕草は変わらずだが、先程よりもずっと優しい手つきだ。アイラは顔が赤いながらも心地よいとばかりに安心したように目を細め、アーダンの肩に頭を置いた。
アイラの好きな時間がまたひとつ、増えた。



「あー、まーたやってるぜ、あのバカップル」
「良いじゃないか、仲が良くてよ」
「こう毎日だと当てられちまうぜ」
「それは、確かにな」
練習場の隅でいちゃついている二人をアレクとレヴィンが休憩がてら見ていたが、光景に砂を吐きそうだ、とぼやいたのを、二人は知らない。





あとがき
長い髪には願掛け、そして魅力と魔力がある、といいますがアイラの黒髪はきれいなんだろうな、と思います。
ただし、手入れがあまり行き届いてないのでラケシスやアーダンに「もったいない」と言われるでしょうが(笑)



スペシャルサンクス
heaven/スターダストレビューアルバム
再臨:片翼の天使/FF7アドベントチルドレンより(戦闘場面で大変お世話になりました)


[ 4/12 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -