「紗衣ちゃんは分かってないなぁ」

 人を食ったような笑みを浮かべる桐原は、チラリと須藤を見た。
 いつだって出会えば戦争とも言える苛烈な喧嘩を勃発させる二人だが、今はそういう気分ではないらしい。
 
 須藤は眉間に皺を寄せたが、それ以上は何もせず、紗衣を見据えた。
 王者の風格を兼ね備えていると一部で言われるくらいに彼は人に威圧感を与える。
 
 真っ向から対峙した紗衣はたじろぐ。
 
「俺等がそうなように、とっくにお前だって後戻りできない所まで来てんだよ。南潰したのだって紗衣って事になってっし、今ここでお前が抜けたらやっと保ったその均衡ってやつも一瞬で崩れるぞ」
「………マジで?」
 
 紗衣はこの独特なコミュニティの中での自分の存在意義を甘く見ていた。
 上手く立ち回り、時にのらりくらりとかわして、あくまでも潰れるのも動くのも不良達であって紗衣自身は影で暗躍するだけだと。
 
 役目を終えればさっさと撤退するつもりだったのに、一体いつからそんな中核に立ってしまったのか。
 
「まぁ正直、南壊滅させるまではチョロチョロ動き回って目障りな女ってくらいの認識だっただろうよ。あれはやり過ぎたな」

 漸く携帯から目を離した和真が挑発的な態度で言う。
 
 だが言葉は的確で、痛い所を突かれた。
 確かに彼の言う通りだ。
 
 早期解決を急くあまり、やり過ぎた。
 
 紗衣の呼びかけで、桐原や山野井だけでなく和真達までもが動く。
 周囲がそう認識してしまった。
 その影響力の大きさは紗衣の予想を軽く超えた。
 
 事実がどうであれ、この社会のヒエラルキーのトップとしての地位を不本意ながら勝ち取ってしまったのだ。
 
「じゃあ不良さん達を統べたって事で、後は須藤さんやらキリさんやらに任せて、わたしは隠居するってのはどうでしょう?」
「いやそれ最初言ってたのと何も変わんねぇから」
「だよねー」

 テーブルに沈んだ紗衣を、桐原が楽しそうに眺めていた。
 
「ところでノイさん、何一人で呑気にパスタ食ってんですか!」
「うめぇよ?」
「知ってる! 誰よりもここの料理が美味しいの知ってるから!」

 暇を持て余していた3人の店員がそれに反応して何やら話している。
 
 山野井は紗衣が睨むのも気にせず目の前のパスタを貪った。
 最初から結果の見えたこの茶番に参入する気にはなれなかった。



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