「別に、一生抜けられないわけじゃない」
 
 どこからともなく現れた環が、そっと後ろから囁いた。
 妹の椿も隣にちゃんといる。
 
 二人が神出鬼没なのは標準設定なので、誰も驚きさえしない。
 和真はもしかしたら彼らがどこに潜んでいたのか察知していたかもしれなかった。
 
「まだ早いってだけで。なら今度は紗衣が役目を終えられるように手筈を整えて行けばいい」

 労うように肩に触れた。

「た、たまきぃー!」

 紗衣は感動したのか涙目になっている。
 
「そうだよね、うんそうだ。わたしが消えても何も問題ないように各チームの結束を強固にしてもらって……この街で不良気取りたいなら、どこかのチームに必ず入らないといけないっていう暗黙の了解みたいなのを作っておくか……」

 そして早速これからの事に目を向けていた。
 彼女の中には幾つもの具体例が既に出来上がっていた。
 
 この切り替えの早さは流石としか言いようがない。
 
「それに紗衣、悪い事ばかりじゃないでしょう」
「え?」
 
 意味ありげにほくそ笑むのは椿だ。
 首を傾げる紗衣の耳に口を寄せ、他の人には聞こえないように呟いた。
 
 椿の言に耳を傾けるうち、段々と考えるような顔つきになり、最終的には納得の表情。
 
「えーあー……えへ、これからも堂島紗衣は街の治安向上のために尽力をつくしますので、ご協力お願いしまっす」
「ええぇ!? 何だその変わり身!!」

 一体何を吹きこまれたのか。
 
 一瞬で態度を180度急変させた紗衣に全員が唖然とする。
 椿を見やっても、彼女はあらぬ方向を向いたまま取り合おうとしない。
 
 環はふぅと溜め息を吐いた。
 
「紗衣はやる気になってる。お前等はどうなんだ」

 協力するのか、しないのか。
 
「随分と勝手だな」

 私想いの本当出来た子だ、と紗衣が環に感動しているのを須藤が遮る。
 環がねめつけるのもお構いなしだ。
 
「こんなトコに呼び出したかと思ったら、辞めるだの続けるだの、挙句協力しろだと?」
「義理がない、とは言わせない」

 それはそうだろう。
 不良を壊滅させる側だったとはいえ、紗衣の行為はここにいるメンバーに少なからず益を与えるものだった。
 
 鬱陶しく楯突いてくる小物を一掃し、些細な諍いも収拾しているし、気が付けばチームの管理のしやすさも格段に上がっていた。
 
 この効果が思ってもみなかった副産物だったとしても、紗衣のお蔭である事には変わりない。
 
「利害が一致しただけだ」
「まぁでも」

 パスタを食べ終え満足した山野井が漸く会話に入ってきた。
 
「おれ等が世話になったのは事実だしなぁ」
「ノイさん……」

 須藤のチームの中で、多分一人だけ須藤に意見が言える人物。
 これはいい味方が出来た。
 
「持ちつ持たれつだろ。別に何時抜けんのかなんて自由意思。今すぐでも一年後でもやっぱ混乱はすんだろ。そんなもんは後に残ったヤツでどうにでもすればいい」

 それが出来ないようなら、最初からこの街で残ってなどいない。
 
 紗衣だけじゃなく今ここに居るメンバーの誰か一人が抜けるとなれば、相当な波紋を呼ぶだろう。



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