紗衣の妹の香苗(かなえ)はまだ小学4年生だ。

 この町から不良を一掃するというアホな計画の一端を担う事になり、紗衣は否応なく家を空ける時間が長くなるようになった。
 
 両親は仕事ずくめでほとんど帰ってこない。ずっと夜は姉妹二人で過ごしていた。寝るまで一緒に。

 この頃は、幼い香苗を一人残して出かける日がほとんどで。
 けれども香苗は文句も言わずにガランとした家で留守番をしている。
 淋しいだろうに、心許無いだろうに。
 
 
 黙り込んだ紗衣につられるように、そこにいた全員も口を噤んだ。
 
「………?」

 俯いていて彼女の様子が伺えず、環はそっと肩に手を置こうとした。
 その時
 
「あの子に手ぇ出すたぁ良い度胸だな……。なぁそう思うよな環」

 急激にドス黒いオーラを放ち始めた紗衣に、問われた環はぽかんとしながらも、ほぼ無意識のうちに頷いていた。
 
「前々から莫迦だ莫迦だと思ってたけど南の野郎やりやがった。まだ小学生の、この町一可愛いウチの子拉致るなんて、死にたいんだよねそうだよね!? だったら望み通り嬲り殺してやらぁ!! 環、椿、行くよ!!」

 それこそ水戸黄門がお供の二人を連れて歩くように、威風堂々と紗衣は環と椿を従えてバーから出て行った。
 
 呆然と見守るしか出来なかった大勢の不良達の中でたった一人、桐原だけがお腹を抱えて笑う。
 
「あっはははっ! 南のヤツ選りにも選ってあの紗衣ちゃん敵に回すなんて最高にばっかだねぇー! いやでもこれは面白くなりそう。ほらお前ら何固まってんの行くよ?」

 全員が紗衣の殺気に怖気づいているというのに、一人泰然としている。
 
「え、俺らも行くんスか!?」
「あったり前じゃんよ、前々から妹ちゃんにも会いたいって思ってたしな。あーそうだ」

 桐原はドアに手を掛けながら思い出したように振り返った。
 
「そこの君、ちょっとおいで」

 にこにこと笑いながら手招きする。
 それに応じたのは、部屋の隅で地べたに座り込んでいた少年だった。
 
 紗衣よりももっと幼い、この場所に本来なら入る事を許されないような子だ。
 
 長い前髪の合間から覗く、歳不相応な人を気圧させる瞳。
 血を思わせるような赤錆色のそれが、彼がここに居る事を誰にも疑問に思わせない。
 
 立ち上がった少年は無言のまま桐原の前まで来た。
 隣に並べば、いかに少年の体つきが未発達かが浮き彫りとなる。
 
 まだ中学に入ったばかりの子だ。
 
「西峨、だったよな。お前頼まれごとしてくんね?」

 笑っていた。
 桐原は笑顔でありながらとことん強制力のある声で西峨(さいが)に命令を下した。
 
 


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