「お前、死ぬぞ」

 どっぷりと夜に浸かった暗闇に月明かりが差し込んでいて、青白いその光を浴びた西さんのくすんだ赤い瞳はあまりにも妖しい。
 
 稔の身体が強張ったのが伝わってきた。
 無理も無い。私だって恐い。
 
 だが稔が警戒しなければならなかったのは、西さんではなかった。
 
「離せ」

 ぶわっと風が通り過ぎたと同時に私の視界が黒に覆われた。
 
 ウタが目にも留まらぬ速さで私の前まで来ると、地面を蹴り、宙に浮いた身体を捻って私の頭上、稔の顔目掛けて足を振り下ろした。
 
 空中からの回し蹴り。
 
 一瞬の出来事で、何が起こったかも分からないうちに稔の身体が私から離れ、真横に吹っ飛んだ。
 
「コイツ、殺す」
 
 ひぎゃああああぁぁぁっ!
 ウタ様が降臨なされたあぁぁっ!
 
 あの、足が震えてがくがくするんですが。こんなウタの低い声久しぶりなんですけど!
 
 つーか稔! 大丈夫死んでない!?
 
 真っ白になった頭をどうにか元に戻す。
 傍で倒れこんでいる稔に駆け寄ろうとしたら、私よりも早くウタが稔のところまで行っていた。
 
 握り込んだ拳を稔のお腹当たりに落とそうとしている。
 
「ウタ止めて! 稔が死んじゃう!」

 死ななくても確実にゲロっちゃうから。そんなモザイク処理しなきゃいけない美形見たくないから!
 
 ウタの腕にしがみ付いた私の必死さが伝わったのか、ぴたりと動きを止めた。
 
「みのる、てコイツのこと?」
 
 ひいいぃぃっ。咄嗟に名前言っちゃったーっ!

「え、いや、なんかその人って稔顔じゃん? めちゃくちゃ稔っぽいじゃん? 別に知ってるとか、そういうんじゃ……」
「知ってんだな」

 やっぱ誤魔化せないかぁー……。
 
「……ど、うじ、ま? なん、で」
「稔! 喋らないで」

 痛みに顔を顰めながらゆっくり体を起こした稔の背に手を添えた。
 
 顔を覗きこむと口の端が切れていて血が出ている。
 喋るだけで痛いに違いない。
 
 そしてあまり喋られちゃ困る。西さん達は鋭いから、ちょっとでもヒントを与えちゃうと私の高校生活が明るみにされてしまう。
 
「まず、稔の手当てがしたいので、話はその後でもいいですか」

 三人は三様の反応を見せたが、ダメだとは言わなかった。
 
 


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