▼summer station(上) 人の話を全く聞いていなかった稔が、遅ればせながらどうしようもない事実を知って愕然としている。 「一週間くらい前に先生言ってたじゃん、夏休みの間は寮閉まるって。掲示板に張り紙もしてあったよ」 あんだけアピってたのに気付いてなかったなんて。 稔って変なところで抜けてんなぁ。 今日は一学期の終業式で、午前中に寮に戻ってきた私は黙々と帰省の準備をしていた。 そしたらリビングで寛ぎまくっていた稔が呑気に 「家帰るんだな」 なんて聞く。 そりゃ帰りますよ、帰んなきゃ一ヶ月以上も行くとこなんてないですからね。 それに早く家に帰って姉と色々と語り明かしたいもの。メールやチャットじゃ埒が明かない。もどかしい! しかしふと、あれ稔何言ってんのって気付いた。 後は上記の通りです。 「マジかよ……」 悲壮感たっぷりだけど、こっちの台詞です。何故今の今まで知らずにおれたんだ。 「稔……」 家帰んないの? と続ける気でいて、言葉を噤んだ。 稔は家庭の事情でこの学校に編入して来たんだった。 家に帰れないのかもしれない。 だったら安易に聞かない方が良いかも。 自分で言うのも何だけど、世間一般的に裕福な部類に入る家で家族仲も良好な中でぬくぬくと育ってきた私には、家庭不和がどういったものか想像しか出来ない。 興味本位で立ち入ったら失礼だって事くらいしか解らなかった。 相当困り果てた顔をしていたらしく、稔は目を瞬かせてから、ぷっと吹き出した。 「解りやすい奴だな。別にそんな家族と仲悪いわけじゃないよ。ただ全員海外にいるから」 「かいがい?」 「そう。基盤を海外に移すっつってついでに移住した。んで俺だけこっち残ったってだけ」 家庭の事情ってそういう事ですか! 先生めぇ……ややこしい言い方しやがって。 そうか、一人なら全寮制の方がいいよね。 そして今さり気なく海外に基盤移すって言ったね。お父様はもしかしなくても社長さんですか。 これはまたまた食いつき甲斐のあるネタゲットだぜ。 「行かないの? 海外」 「パスポート持ってねぇし、面倒クセェし、あっち行ってもやる事ねぇし、金掛かるし、面倒クセェし」 「うん、面倒臭いのね」 そんな事言ってる場合じゃないと思うんだけど。 でもパスポート持ってないのは痛いか。確か作るのに一週間以上掛かるんだよね、あれ。 明日中にはもう寮は閉まる。 稔は言わなかったけど、私だったら一人で飛行機乗るってのがまず無理だなぁ。 空港のシステム謎過ぎる。 「あっち行ってもどうせ一人でいるだけだから、ここ残ろうって思ってたのに……」 きゅんとした。 耳垂れた犬みたいに消沈しきった稔可愛い。 あああ、この子中学時代めちゃモテだっただろこれぇー!! 母性本能擽るってこういう事言うのか! 撫でたい、よしよししたい。 伸ばしかけた手をどうにかこうにか自制して留めた。 ていうか放っておけなくなるでしょうが、こんな落ち込まれたら! 「えーと……もし良かったら、ウチ来る?」 「え?」 「あ、他にツテありそうなら別にあれだけど、中学のときの友達とか、でも」 「……助かる」 あっさり決定致してしまいました。 同室として二ヶ月半ほど生活してきた私だから、他の人よか気安いかなと思っての提案だったんだけど。 こうも簡単に決めてくれるとは思ってなかった。 相当切羽詰まってたんだな。犬化してたものな。 「よし、じゃあ家に電話する」 携帯電話を持ってリビングを通り抜けようとしたとき、部屋のチャイムが鳴った。 少し前に基達と言ってたんだけど、チャイム鳴るくせにインターホンないんだよね。 前 | 次 戻 |