にこにこと笑顔を絶やさない時芽だけれど、妙な威圧感がある。
 
「かたミンと距離置いたらいいとか? 先輩に土下座?」

 すぅっと時芽の目が細く開かれた。
 教室内の温度が二度ほど下がった気がする。
 
「何にせよ、君はこのまま風紀委員に引き渡すけどねぇ」

 あっは! といつも通りの軽口で言ってのけた。
 
 今の時芽は鬼畜というより腹黒じゃないだろうか。
 いいよ、腹黒攻め大好きだよ。
 
 なんて言ってる場合じゃない。
 
「風紀委員って……、もっと平和的に解決させようよ」
「端から一方的に八つ当たりしてきた奴に、平和も何も無いだろ」

 終始不機嫌な稔も時芽の意見に賛成のようだ。
 基に何とか言ってもらおうと思ったけど、笑顔で首を振られた。
 
 もう、なんて友達想いの素敵な奴等だろう。
 
 私としてはそこまでの被害を被っていたわけではないから、もう止めてもらえればそれでいいんだ。
 風紀だ教師だって出てきたら事が大きくなって面倒だし、私が苛められてたとか家族に知れたら、そっちの方が大問題。
 そうは言っても何もなしでこのまま、はいお終いってわけにも行かないだろうお互い。
 一番手っ取り早く、後腐れない終わり方。

「高盛くん。カマ……板宿先輩呼んでくれない? まだ学校に残ってたらだけど。断らないでね、その時は風紀に言うから」

 結構時間が経っているからもう寮に帰っているかもしれない。

 目に見えて狼狽え始めた高盛くんは、それでも黙って携帯電話をポケットから取り出した。
 電話ではなくメールで呼び出すらしい。理由が理由なだけに直接は言えないんだろう。
 平和的にと言いながら風紀や生徒会に突き出すよりも、私は彼にとって残酷な選択をしたかもしれない。
 結局は自分に一番都合の良い方へと導いただけだ。

 こういう時、姉ならどうするだろう。人心を読む術に長け、その状況下で最善を導き出す能力の高さは姉の右に出る人はいない。
 更に口が上手く人を丸め込んでしまう姉なら、悩む事なく高盛くんにこんな顔させる事もなく解決するんだろう。

 悔しいけど、私には出来ない。

 高盛くんの携帯が震えた。先輩からの返信。すぐここへ来るそうだ。


 誰も一言も話さなかった。


 暫くして板宿先輩が入って来た。
 基と時芽は傍観者。稔はそっぽを向いた。高盛くんは相変わらず緊張した面持ち。
 私は自分の不甲斐なさに落ち込み気味。
 先輩は呼び出された理由が分からないせいか、僅かに眉を顰めた。

「なぁに、どういう事なの?」

 パカッと基と時芽の口が開いた。時芽は目も開いている。先輩の口調と声色に相当驚いたらしい。

 そうだろう、そうだろう! 私が以前受けた衝撃を思い知れ。

「わざわざすみません先輩」
 
 頭を下げる。
 私に笑って応えた先輩はさっきから動かない高盛くんの隣に立った。それだけで高盛くんの肩が跳ねる。
 
「高盛が何かやった?」
「彼、先輩が好き過ぎるらしくって」
「な、おま……!」
「高盛」
 
 先輩の声が低くなった。
 普通に男っぽい声も出せるんだ。
 
 高盛くんは怯えながらも、目はどこか輝いている。こういう所が好きなんだろうな。
 
「ああもう大体は解ったわ。本当お馬鹿なんだから」

 自分を慕う後輩の性格は把握できるのだろう。こちらが説明するまでもなく、先輩は理解してくれた。
 ぽんぽんと高盛くんの頭を叩く仕草はとても優しい。
 
「せ、んぱ……すみませんでした、おれ……」
「お前が謝るのはあっち」

 私を指す。


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