それは必然の事だった



 放課後のがらんと静まり返った教室。
 沈み行く太陽が最後に放つ輝きが反射して、室内が茜色に染まる。

 窓際の席に座り、頬杖をついて外を眺めていた私はふぅと息を吐き出した。

 それは心を落ち着けるためであり、これまでの苦労を反芻してのものであった。


 ――やっと……、やっとだわ。


 この日のためだけに頑張ってきたと言っても過言ではない。
 そのための努力も怠りはしなかったし、使える者は親でも友人でも容赦なくこき使った。


 ここで私、堂島 香苗(どうじま かなえ)がどれほどこの日を待ち侘びていたのか、表面をさらっと撫でる様な感じで説明したい。させてください。


 私には随分と歳の離れた姉がいる。
 その姉というのがこれがもう堂に入った腐女子で。
 自室の本棚に所狭しと並べられた、自主規制でモザイクかけた方がいいんじゃないかっていうらいの、所謂薔薇、もっと言うならボーイズラブの本、本、本。

 私が漫画というものを読むような歳になった頃、当時中学生で既に脳内が腐りまくっていた姉は

「これなんか読みやすいわよ」

 と、何の躊躇いもなく美少年達がラブってる漫画(もちろん小学生低学年だとは一応考慮されて、エロは一切ないものだったけれど)を手渡してくる始末。

 私も私で、これまた何の抵抗もなくそれらを読破していったわけで。

 だから妹である私がその道が一方通行とも知らず歩み出し、後戻りできなくなったのは必然の事だった。
 今のところ特に戻りたいとも思った事もないけど。


 そんな経緯で腐女子と化した私が中学三年になったある日、姉は神妙な面持ちでお願いをしてきたのだ。

「わたしは後悔だけはしないようにって心掛けてこれまでの人生送ってきたわ。でもね、一つ。たった一つだけ悔やんでも悔やみきれない事があるの。もうわたしの歳じゃそれはどうやっても叶えられない。だから! 香苗に代わりにやり遂げて欲しいのよ!お願い」

 両肩に置かれた手は骨が折れるんじゃないかってくらい力が入っていて、目は血走ってるし、これお願いじゃなくて脅迫だと思うんだ。
 「断ったらテメェ分かってんだろうな、あぁ?」って脅されてる心境だった。いや、心の中では言ってたね、あの人確実に。

 普段は割りと優しい人なんだけど、怒らせた時の怖さを多分、この世で一番知っている私だから、断れるはずもなく。
 コクリと頷いた。
 用件言う前に了承させるとか、どこの悪徳商法だよね、全く。
 
 すると姉はパッと笑顔を作った。

「あんた、志望校を男子高校にしてよ」

 あれ、この人もしかして私の事弟だと思ってるんだろうか。

 いやいやいや。
 歳とかそんな問題じゃないよね。
 
 性別が。私、♀だから。男子校でまさか女が通えるなんて勘違いしてないと思うけど。思いたいけど。
 
 私の心の中などお構い為しに姉は続ける。
 
「男子校よ? つまりは男しかいないのよ、寝ても覚めても男しかいないっていうのはつまり、例え擬似だろうが倒錯だろうが男と男が惹かれ合うしかない空間なのよ! あんた見たくないの? 生で間近で見てみたいって、まさか思わないわけじゃないでしょ!?」

「や……そりゃまぁ、楽しそうではあるけどね。目の前でされたらもう涎ものだけども!」

「ほら見なさい。何が不満? わたしだって出来るなら今からでも通いたいくらいよ。目に焼き付けるどころかバッチリ盗撮してやるのに……!」

「現実を見ようよ! 私女だしさ、男子校だからって学校から一歩出たら外にはいっぱい女の子いるんだから、現実にそんな上手い事落ちてないよ、BL。因みに私女だし!」

「二回言わなくたってあんたの性別くらい知っとるわ。香苗は何も心配する必要なんてないのよ、ただ高校生ライフをうはうは楽しんでわたしに逐一報告してくれればそれでいいの。母さん達の説得も書類上の問題もわたしが何とかするわ。中学ん時と違って今の私にはそれだけの知恵があるしね。
学校の方も抜かりないわよ、もう選んであるから」

 私の人生において重大な選択である高校選びを何だと思ってんだこの人!
 自分の萌えのためなら妹の一生をフイにしてもいいのかコノヤロウ! 
 


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