ああ、いいのね。そうよね、そういう人だった。
 
 脱力と諦めがどっと押し寄せてきて、どうせ逆らえないんだしよく考えてみりゃ、確かに美味しくね?
 だって世界中探して、心も身体も乙女(まあ心は多少汚れてるけど)が男子校って、いるかも知んないけど、そうそう体験出来ることじゃないじゃない。
 
 面白そうだわとか思っちゃった私はやっぱりこの姉の妹なんだろう。
 
 「……その学校ってどこ?」
 「依澄んとこよ」
 
 ハッ!
 私は漫画みたいに息を呑んだ。
 
 忘れてた……!
 平良 依澄(たいら いすみ)。家がご近所さんで小学校の時の同級生。つまりは幼馴染。
 
 小学校4年生の時に引越ししてきて、中学に上がるまでクラスが同じでよく一緒に遊んでた。
 仲はかなり良い方だと思う。
 
 依澄は中学は私と同じ公立ではなくここから随分と遠いところにある私立に通っている。
 
 確か、結構な田舎に広大な敷地面積を有した場所にある、初等部から高等部までエスカレーター式のお金持ちが大半を占めているっていう全寮制の男子校。
 
「ぜ、全寮制ってーっ!!」
「ビバ王道!」

 そんな語尾に、てかビバの後に星マークつけそうな口調で…!
 
 言ってる意味は分かりますよ、ええ王道。
 思い起こせば、依澄がそこに通うって知ったときは私と姉二人して大ハッスルした。
 毎日何かしら写メ送って来い! って言った。
 
 そしたら、ここって学校だよね?っていうゴージャスな建物とか、どこのレストランだよって感じの豪勢な学食の料理とか送ってくれた律儀な天然っ子なんだ依澄。
 
 ぽやぽやした幼馴染を思い出して一瞬ほっこりしちゃったけど、全寮制て!

「ね? あの学校なら外界と切り離された閉鎖空間だから余計に男に走りそうでしょう?」

 へっへっへ。
 そんな下品な笑い方でもし出しそうな姉。
 
「さすがに朝から晩まで男ばっかに囲まれて暮らすのは無理だよぉ、バレたらどうすんのさ」
「大丈夫よ、香苗はわたしの妹なんだからその辺はのらりくらりとかわせるでしょ」
「めちゃくちゃ適当じゃん……」

 姉は口が達者だ。白だって黒だと言い張って相手を丸め込んでしまえる人だ。
 だけど私にはそんな芸当とてもじゃないけど出来そうにない。

 俄然弱気になった私。

「……じゃあ、先にお母さん達を説得して。そこでストップ食らったらどうせご破算しちゃう話なんだし」
「お母さん達がOK出したら行ってくれるのね?」
「分かった」

 こんなとんでもない話、常識人……とはまた別だけど、まぁ腐ってるわけじゃない両親が納得するわけがない。
 そうたかを括っていた。


 次の日の朝。
 休日にも関わらず早くに起こされた私は、普段使わない和室に正座させられた。
 テーブルを挟んで向かい側に座る母親がそれはそれは真剣な表情でGOサインを出したのだった。

「出身校っていうのは後々まで経歴として必要になるものだから、そこの所はお母さんが何とでもしてあげるわ。
だから香苗は高校生活の中で、一人でも多く優良企業のご子息と懇意になりなさい。そしてあわよくば玉の輿に乗りなさい」

 失念していた。姉をこの世に産み落としたのはこの人だった。

 いや私もか。何かちょっと嫌だな、なんて。


 その後、母と姉の二人掛かりで父を説得し、私は晴れて男子校に入学する運びとなってしまったのだ。
 表面を撫でるどころか、スプーンで抉るくらいに語ってしまいました。
 ついつい興奮してしまって。


 まあそれで、入寮も入学式も済ませた私に、頭の毛がやたら散らかっている教頭が近づいてきて

「君の事はお母様からくれぐれも宜しくと言われているからね。困った事があったら直ぐに言いに来なさい」

 と気持ち悪く笑った。
 
 お母さんが私をここに入学出来るよう頼みに来たときに何を包んで持って行ったのかが浮き彫りとなった瞬間。
 
 
 
 その事も今ではちょっと懐かしい。
 もう早私がこの学校に来てから1ヶ月半が経とうとしている。
 
 
 誰もいないクラスに一人残っていた私だけど、そっと席を立った。
 
 そろそろ時間だ。
 
 彼を迎えに行こう。
 
 
 今日この学園にやってくる、総受け間違いなしの季節外れの転校生を!!
 
 
 

end

'10.4.23



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