時芽と基がキャイキャイと嬉しそうに歩くその後姿を呆れながら(心の中では「二人で保健室でよろしくやってろ」とか思いながら)見、踵を返して稔の方へ行こうとしたとき目の前を何かが通り過ぎた。
 
 ――パァンッ!
 
 頭上から目の前を通り過ぎ、足元へ落下したそれは、床にぶつかった衝撃で粉々に散った。
 
 派手な音に驚いた私は、ただただパチクリと瞬きを繰り返すだけの反応しか出来なかった。
 周りの人達も、サボろうとしていた時芽と基も立ち止まってこっちを見ている。
 
 足にジワリと濡れた気持ち悪い感覚が広がっていく。
 
「堂島!」

 肩に手を置かれて、思わず身体が跳ねた。
 稔が眉を寄せている。
 
「何だ今の」
「なんか……上からおっきい風船が、落ちてきて……」

 二人同時に下を向いた。
 コンクリートの上には割れて散らばった赤いゴムの残骸と、広がった紅。
 じわじわと外郭を押し、その面積を大きくしていく紅を堰き止めるように私の両足は置かれている。
 
 真っ白だったはずのシューズもまだらに染色されてしまった。
 
 濡れた感触があるという事は、靴の内側にまで侵食しっているのだろう。
 
 つんと匂ったのは
 
「絵の具……?」

 水と混ぜられて、それでも鮮やかに色が着くほどの。

「カナちゃん!」
「あちゃぁーこりゃひどいねぇ」

 幼馴染コンビが戻ってきた。

 何が起きたのかは理解した、けれど何故起こったのか分からず呆然とする私の頭を時芽があやすように撫でた。
 基もいつもより強い力でぎゅうぎゅうと抱きついてくる。

 稔は校舎の上階を睨んでいた。風船が落ちたとしたらそこからだろう場所を。
 私も見たけど、当然ながら誰もいなかった。
 
「カナちゃん……いつどこでリンチして、誰からの報復か言ってみ?」
「基のとばっちり食らっただけです! オレは非力なの!」
「あっはっはー、確かにカナくんは無力だよねぇ」
「微妙に言い方変えただけで物凄い威力だ!」

 などと、馬鹿ノリにいつまでも付き合っていられない。さっさと落とさないと絵の具取れなくなりそうだし。
 もう完全には白くならないだろうけど。
 いっそ靴も洗濯機に入れてやろうか。昨今の漂白剤は優秀だと聞く。
 
「ちっ」

 稔は舌打ちして私の腕を掴んだ。は、私に舌打ちしやがりました、こやつ!?
 
 文句を言う前に稔は腕を引っ張って歩き出した。
 
「か、かたミン?」
「ストップ。止まれ」

 稔の足を止めたのは抑揚の無い声だった。
 
 英単語の後わざわざ日本語で言い直したのは何故だろう。
 ストップなんてもう和英語の代表とも言えるのに、意味が通じないかもとか思ったんだろうか。
 
 だから、無感情の中にも丁寧な、例えるなら横断歩道の手前で保育士さんが園児に「止まって」と促すような言い方だったのか。
 
 馬鹿にするのも大概にせぇよ。
 
 声の主を見やった。
 そして本日二度目、固まった。

「み、み、稔……!」
「あ?」
「せ、せ」
 
 生徒会長キターーーーーーー!!
 
 稔に負けず劣らず眉間に皺を寄せてこちらをジッと睨みつけてくる美形は生徒会長、柚谷 臣苗(ゆずや おみなえ)様。
 多分地毛であろう焦げ茶の髪。威嚇してくる瞳は鋭い。
 顔の彫りは深すぎず浅すぎず。適度に日焼けした肌は、けれど白さを損なわず綺麗だ。
 恐ろしいほど端整な人だと思った。
 


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