▼page.8 「香苗が学ぶべきなのは恋愛のノウハウだから」 なるほどなるほど。確かにそうだね。 恋というものに、お年頃な女子に有るまじき距離感を保っている自覚はあるよ。中学時代は不良のみなさんから逃げ惑うのに必死でそれどころじゃなかったし、高校は男子校でそんなものに現を浮かしていたらアウトな感じだし。 「そもそも、あの学校で恋愛するなって言ったのお姉ちゃんだけどね?」 そんな以前の発言に責任を持つ気はないとばかりに空とぼけて見せる姉に、私はもう何も追及する気にはならなかった。 「で、恋のハウツー本はどこに行ったら売ってますか。まず恋とは何ですか先生!」 「あんた一応恋してんでしょうが!」 はっ! そうでした。 「そんなだから未だモタモタしてんのね……あっちも同じような感じかも」 再び姉が額に手を当てて考え込んでしまった。 「いいや、ごちゃごちゃ言ったって仕方ない。時間もないしね。香苗、あんたあと一ヶ月もすれば稔くんと今みたいにずっと一緒にいられなくなるって分かってるわよね?」 「分かってるよ、それは。だって転校するし」 「それがどんなに違って来るか、本当に分かってるの?」 今は朝起きた時から夜寝る時までほとんどずっと一緒にいる。 それが当たり前で、この家で起きて一人で学校に行って帰って来るっていう生活の方が、なんだか現実味がない。 中学までは普通だった事が、たった数か月で覆った。 でも、だからこそまたすぐに慣れるだろうって思ってた。 「稔くんもあんたも離れてそれぞれ別々の生活をし出したら、あっという間に疎遠になるわよ。香苗が今の高校に通う事で西峨や高鳥達と簡単に音信不通になれたでしょ。そういうものなの。どんなに仲が良い友達って言ったって必死で繋がっていようとしない限り、ぷっつり途切れちゃうもんよ」 それは、何となくは想像がついた。 物理的な距離と心の距離は、やっぱりどこか比例しているかもしれない。 離れてたって一生友達! ってのも嘘じゃないと思うし、会えないからって友達じゃなくなるわけじゃない。 でも、繋がる努力をしなければ、人の縁なんてあっさりと切れてしまうものだと、私はよく知っている。 「転校しちゃった友達と最初のうちは頻繁に連絡取り合ってたのに、気が付いたら疎遠になってたなんて、ありがちな話でしょうが」 「うん……でもだからって、どうしようも無いんじゃ」 「恋人になっちゃえばいいんじゃね?」 「ああ、友達じゃなくて……えぇっ!?」 確かに友達より恋人の方がパイプが太いような……、いやちょっと待って。いやいや。いやいや!? またこの人は、「YOU達なっちゃいなよ」みたいな軽いノリでとんでもない提案してくれやがりましたね!? 「待って待ってお姉ちゃん! 話がちょっと前の段階に戻ったよ! 恋人なんてなろうと思ってサクッとなれるものじゃないから!」 「そうねーなれるとは限らないわねー。でもまたとないチャンスじゃね? 上手くいったらそれで良し。今ならフラれても、すぐ転校するだからその後気まずいまま……なんて事態は防げるし。ほとぼり冷めた頃に、何事もなかったかのように友達に戻るというのも有りかもよ?」 「なんという計画的な告白」 自分のアフターケアをセルフで行うなんて、なんだか悲しい計画ではあるけど。 そこは友達とか、姉が慰めてくれたっていいんじゃないだろうか。 私の周りでそれが期待出来る人ってごくごく限られている気がするけども。 「どうせあんたの事だから、いつ間でたってもウジウジモタモタ、何年経っても友達の枠から抜け出せないでしょ。そうこうしてる間に大学生になったら稔くんみたいなイケメンを、女の子達が放っておくはずないじゃない。そしたら押しの強い女の子に横から掻っ攫われるのがオチね」 「お姉ちゃんが言うと本当になりそうだから怖い。いやでも稔には好きな人がいるって」 「じゃあまず稔くんに誰が好きなのか聞いてみる所から始めましょう」 「簡単に言ってくれるぜ……」 というか、聞いて答えてくれるのかな。私が知ってる人とは限らないし。 いや私と稔の共通の女性の知り合いって…… 「あ、稔くんの好きな人が私だったらごめんね?」 そう。お姉ちゃんくらいなんだよね。まぁその可能性は限りなく低いと思うけど。でもおっきーの初恋はお姉ちゃんだって言ってたし、全くないとも言い切れない……? 「最終的にどうするかは香苗次第だけど、私の提案はそんな感じね」 「ちょっと考えてみる」 「あんま考え過ぎない方が良いわよ。こういうのは勢いが大事だから」 それが難しいんだよ。一体何を起爆剤にすれば、勢いで告白なんて出来るっていうんだか。 「さて、あっちも上手い事言いくるめ終わったかな」 「え? なにを?」 「お風呂はいろー」 お姉ちゃん? 明らかに無視された気がするけど…… 前 | 次 戻 |