▼page.7 「あれ、稔達は?」 私がお風呂から上がると、リビングにいたはずの稔と須藤さんが居なくなっていた。 一人でコタツに入ってスマホを弄っている姉が「コンビニ」と短く答える。 「……二人で!?」 「タバコ買うのについてったよ」 どういう心境の変化なの!? 須藤さんがタバコ買いに行くのに稔がついて行ったって事でしょ!? 初見であんなにビビってたのに、私がお風呂入っている間に一体何が起きたって言うのか。 「さぁ、よく分かんないけど男同士じゃないと出来ない話でもしてんじゃないの?」 「猥談?」 「その可能性もある」 稔と須藤さんでどんな顔しながら猥談するんだろう。興味あるけどあんまり聞きたくない気もするなぁ。 「珍しいわね。あんたなら今頃二人は路地裏で! って食い付きそうなのに」 「……ふぅ」 「うわ、何その意味深な溜め息」 「したいよ! 妄想パラダイスに思考をダイブさせたいよ! でも稔に妄想禁止令出されてるから」 「ああ、そういやバレたんだったわね」 誰のせいだと思ってるの! お姉ちゃんが酔っぱらって妙なメールさえ送らなければ私はこんな苦しまずに済んだんだよ。 須藤さんと稔なんて、須藤さんと稔なんて今世紀始まって以来の大型カップリングで妄想出来ないなんて、私もう腐女子失格じゃない!? 「律儀に約束守ってるのね、言わなきゃ分かんないでしょうに」 「なんでか顔でバレる」 「修業が足りないわよ」 それはどうやってやる修行ですか。山に籠るんですか、滝に打たれるんですか、仙人に弟子入りしますか!? どれも煩悩が根こそぎ脳内から洗い流されそうだな。 「じゃあお姉ちゃんは須藤さんにバレてないの?」 「そう思う?」 「即バレたと思う」 「その通りよ……」 その当時を思い出すように姉は遠い目をしていた。 うわー怖いなー。あの須藤さんに腐バレって……考えただけで震えが止まらない。けど、それが一体いつなのかは分からないしどんな紆余曲折があったのか知らないけど、別れてないって事は受け入れられてるって事だよね。 お、男前や……未来の義兄さんめっちゃ男前やで…… この人の泥沼のような腐女子っぷりを受け入れるなんて、並大抵じゃない。 「香苗も稔くんを大切にしなさいね……。所詮腐女子なんてのは一般人に擬態しながら生きていくしかない日陰者。許容してくれる男なんて貴重なんだから」 「そうだね、稔の器と友情の大きさには本当に助けられてる」 「いやそうじゃないでしょ。え、友情?」 姉がスマホをポイとその辺に放り出して私の方を向いた。 なに? 稔の友情の部分がそんなに引っかかった? 彼ほど男の友情に篤い人はいないよ? 「あんた、稔くんの事好きなのよね?」 「え!? う、うん……」 何故バレてる……!? 率直にズバッと言い当てられて、つい声が裏返った。わ、私そんな分りやすい? 顔に出てる!? 稔に気付かれてないよね!? 「付き合ってないの?」 「稔が好きだからって即付き合えるわけじゃないと思うけど」 どんな乙女ゲームだ。いやゲームだってちゃんと色々な工程を経て恋人同士になるものだよ。 一方的に私が稔の事好きだからって、どうにかなるものじゃない。 「それに、稔好きな人いるって言ってたしね……」 これについては考えないようにしてたのに。あの、女性不信で周囲に女の影どころか髪の毛一本すら確認出来ない稔の好きな人って一体どんな人なんだろうね。 女の人って言ったら先生くらいしかいないんだけどな。ま、まさか教師との道なき恋……!? なーんて、稔に限って無さそう。授業以外で接点持ってそうな先生一人もいないし。 「香苗、自分の生別忘れてない?」 「そんなわけないじゃん!」 確かに現在男子校に通っていますけれども。現在進行形で男子高校生していますけれども。 かといって、自分が男だなんて勘違いした事は一度もないよ。ちょっと女だって自覚がポロリと欠落する事はよくあるけど。 なんか今日のお昼もそんな感じの発言をしたような気もするけど。 「じゃあ稔君に一番身近な女の子ってあんたじゃないの?」 「っ!! ……いやないな。ないない」 「どうして」 「前に、私が女でも男でも大差ないっていうような事を言われたもの」 あれは夏休みの頃。私が女だってバレたすぐ後にそんな話をした。 あの頃はもの凄く有難くって感謝したけど、あれって言い方を変えると女だって意識してないよっていう事だよね。 自分で言ってちょっと傷ついちゃったじゃない。センチメンタルジャーニーだわ。あ、特に意味はないよ。 姉はなんだか額に手を当てて考え込んでしまった。これは稔に対してなのか私に対してなのか。 「あんたの恋愛偏差値40切ってるかも」 「ひっく!!」 そりゃ経験値もないから高いはずもないけど、それにしたって低過ぎない? 乙女としてショックなんだけど。 「やっぱ修行するべき?」 「塾に通いなさい」 「魁……」 「男気を増やしてどうする」 あ、そうか。私が磨くべきはむしろ女気、いや女心? え、ちょっと待って。私女なのになんで女心をわざわざ学ぶ必要があるの? じゃあ私の今の心は一体何で出来ているの? 前 | 次 戻 |