▼page.1 三学期が始まる二日前、私と稔が寮に戻ってきた。 少ないとはいえ荷物を片付けたり、部屋の掃除をしたりでバタバタしてる間にすっかり夜になっていた。 今日から再開している食堂へと二人で向かう。 するとそこには見慣れた、けれどもちょっぴり懐かしい人影が。 「基、時芽ぇー!」 「あ、カナくーん!」 逸早く反応してくれた時芽と両手の指を絡めるようにして合わせ、きゃっきゃと約二週間ぶりの再会を喜び合う。 「女子か」 「そうだよ二人共なにやってんの!」 冷静なツッコミを入れた稔と元気よく私達の間に割り込んできた基。 「アタシも仲間に入れなさいよぅ!」 そして基は時芽と私の手をそれぞれ取ってオネエ言葉で抗議してきた。 稔が視界の端で、俯いて盛大に溜め息を吐いているのが見えたけど、テンション上がってきた私はそれどころじゃない。 「やっだぁ、はじめんったらぁ、除け者にしたりしないわよー」 「そうよ、とっきー・はじめん・かなこんで仲良し三人組じゃなぁい」 何となくクネクネしながら、わざとらしい口調で遊ぶ。見本は板宿先輩です。 「おいお前等その辺にしとけって」 周囲の目が気になって仕方がないらしい稔が、極力関わりたくないというのがありありと伝わってくる距離を保って止めさせようとする。 が、一度火のついてしまった私達がそれで止まるはずもなく、むしろしめたとばかりに矛先が稔に行った。 「いやだ、みのりんが僻んでるわぁ」 「輪に入りたいなら素直に言えばいいのにねぇ」 「ねぇ」 クスクスと稔を嘲笑う私達。そして誰が入るか! とキレ出した稔。 まぁ稔がオネエ言葉で自然とこの会話の中に入ってきたら驚きだよね。全然そんなキャラじゃないもの。 私達三人の暴走をいい具合で止めてくれるのが稔であって、彼がいないとどこまでも突っ走って行っちゃうしね。 そろそろ終わろうかな、と私達がほぼ同時に素に戻る。すごいもので、何か月も一緒にいると示し合わせたようにタイミングって合って来るものなんだよ。 稔の臨界点を把握して、突破しちゃわないギリギリを見極められるようになったと言った方がいいかもしれないけど。 「あ、稔」 「うわっ、すみま……せ……」 後ろに人が、と私が教えてあげようとしたんだけど間に合わなくて、一歩後ろに下がった稔がぶつかってしまった。 咄嗟に振り向いて謝る声が、ぶつかった相手を確認した途端に途切れた。 運悪くもぶつかってしまったのは、固まる稔を一瞥しただけで口を開こうともしない唯先輩だ。 勿論運が悪かったのは稔の方。 「唯先輩こんばんは」 私の挨拶に対しても特に反応は無い。それでこそ唯先輩なので気にしない。 ここで、ただの屍のようだ、などと言おうものなら有無も言わさずデコピンの刑なので言いません。 すっごいすっごい言いたいけど我慢! 「喧しい奴らがいると思ったらお前か」 やっぱりな、という表情で唯先輩が見てくる。喧しいなんて失礼な。賑やかと言っていただきたい。あんま変わらない自覚はあります、ごめんなさい。TPOは弁えるようにしたいと思います。無理な気もするけど。 適当に笑って誤魔化す事にした。 「唯先輩も今日戻ってきたんですか?」 「いや、正月明けてすぐ。東儀の相手すんのメンドくなった」 「ああーそれは仕方ないっすねー」 正月に会った東さんの様子を思い出して私は遠い目をする。 いっつも遊んでくれてたショカさんが彼女作っちゃって相手してくれなくなったもんだから唯先輩に構え構えとせっついていたものね。 それはそれで私的には大変美味しかったんだけど、若干げんなりしている唯先輩には荷が重かったらしい。 東さん、他に友達いないのかな……。なんか交流の輪は広そうな気がするんだけど。ていうか街で女の子に声掛けりゃ大抵は乗ってくれそうなのに。意外と身持ちが固かったりするのかな。唯先輩一筋なのかな。 「で、何食べたんですか?」 既に食べ終えた後らしい先輩に質問。未だ私は何を注文しようか決めかねている状態です。 「カレー」 なるほど、カレー。いいな、聞いたら食べたくなってきたな。よし私もカレーにしよう。 「いつでも食べられるのに、正月くるとカレー食べたくなるのは何でなんでしょうね?」 「さぁな」 少し乱暴に私の頭に手を乗せて、ぐいと押してから唯先輩はまた何も言わずに立ち去ってしまった。 でも歩き出す一瞬、唯先輩が笑ってたのが見えたのが、なんか……なんて言ったらいいのか分らないけど、こそばゆいというか叫びたくなるというか。 うん、いいもん見た! これは三学期幸先のいいスタートだ! 前 | 次 戻 |