▼page.3 「ちょっと。さっきから稔くん困ってんじゃないやめたげなって」 「お姉さん……」 「稔くんはね、わたしと結婚したいのよ!」 「えぇっ!? ちが……」 「お姉ちゃんホント昼ドラどろどろ展開好きだね」 一時期録画までして必死で見てたものね。ある日中学校から帰ってきたらリビングから「この、雌豚がっ!!」って聞こえてきて泣きそうになった事あるよ。 姉が誰かと修羅場を迎えてるのかと思って、玄関で立ち尽くしたものだ。懐かしいなぁ。 「で、稔くんは男の子と女の子どっちがいい?」 あ、まだその話続けるんだ。父は意外としつこい。 稔は愛想笑いを浮かべていたけど、答えるまで放してもらえ無さそうだと気付くと、項垂れながら答えた。 「別にどっちとかは……。でも、俺は堂島に似てても可愛いと思う」 しーん。 と、水を打ったようにリビング内が静まり返った。掛かっているテレビから、毎年やってるバラエティ番組の笑い声だけが虚しく響く。 最後の方はごにょごにょと小声で言ってたけど、バッチリ聞こえちゃったよね。全員の耳に届いちゃったよね。 長く続く沈黙に耐えかねて稔が顔を真っ赤にしてコタツに蹲ろうとしたので、私が盛大に阻止した。 彼の手を両手でぎゅーっと握る。 「稔の男前めーっ!!」 「やめろマジでやめろ! 死にたい!!」 「私とこの子を残して逝くというの!?」 「何処!? 子ども何処にいんだ!?」 照れてるせいで稔のツッコミが何時もの三割増しでテンション高い。 やだわもう、あんなところでフォロー入れられるとは思ってもみなくて咄嗟に反応できなかったじゃない。 「お父さんお母さん、香苗は幸せになります!」 「も、どうにでもしてくれ……」 力尽きてガックリと肩を落とした稔を、姉が爆笑しながら「どんまい!」と慰める。いや慰めているのだろうか、逆に傷を抉っているように見える。 「じゃ、そろそろ片付けるねー」 「俺も手伝う」 「あら新婚さんの共同作業?」 「もうそれいいですって!」 お、稔が母の扱いに慣れてきたようだ。まぁあんだけからかわれたらね。 稔が席立ったのはこの状況に居た堪れなくなったからだと思うよ。ごめんね稔、うちの家族の親交の深め方がほんのちょっぴり変わってて。 「じゃあ私が泡だらけにするから稔濯いで」 「んー」 実はこの分担作業は夏休みにもよくやってたから慣れたものです。布巾が何処に置いてあるかも稔は熟知している。 「ねぇ稔」 「なに」 「子供の名前は何にしようか」 「いい加減にしろよお前」 怒られた。割と真面目に怒られた。ちぇー、イイじゃないのよ。 お皿をスポンジで擦りながらブチブチ文句を言っていると溜め息を吐かれた。 「何ていうか、ホント親子だよなぁ」 ちらりとリビングの方を見ながらしみじみと言われた。 「なにそれどういう意味?」 なに気に失礼な発言じゃね? 今の。あの親にしてこの子あり的ななんかさぁ。 「浪形 二見がお父さんの人に言われたくないなぁ」 「なんだよそれ、父さんは関係ないだろ」 「あるよ、ありまくりだよ! 美形だ美形だとは思ってたよ。言われてみたらソックリだよね! けど、お父さんが浪形さんとかまさか思わないじゃん……。 あの魔王を倒した最強遺伝子を受け継いだ子だったなんて」 「おい俺の父親を勝手に伝説の勇者にするな」 ばしっと水に濡れた手で頭を叩かれた。つめた! うえ気持ち悪い、水滴が垂れて頬に落ちた! 「ちょっと稔、洗剤はついてないよね!? 大丈夫だよね!?」 「あー、大丈夫大丈夫。揉み込んどくわ」 「ついてる!!」 やめてよ、一部分だけ髪がギシギシになったらどう落とし前つけてくれるんだ! わしゃわしゃと私の髪を乱暴にかき混ぜる稔を睨む。 「香苗ー稔くーん、あけましておめでとー」 向こうからコタツに密着24時やってる母が声を掛けてくる。 どうやら午前0時になったらしい。 洗い物中だから手は泡だらけだし何故か髪はしっとりしちゃったし。稔も濡れたどんぶり持ってるし。 クリスマスといい、イベントに申し訳なくなってくるくらい普段通りだなぁ。 二人顔を合わせてどちらともなく笑い出した。 「明けましておめでとう!」 「今年もよろしく」 前 | 次 戻 |