「ほんとどうしたんですか先輩。こんなお節介、キャラじゃないですね」

 見上げると先輩はウタ達を眺めながら口元だけニヤリと上げた。
 
 私の気のせいかもしれないけど。
 北さんにウタをここに寄越すよう唯先輩が言ったんじゃないかと思う。
 
 私に会わせるために。
 
 あ、どうしよう。すごく懐かしい感覚。
 そわそわする。
 唯先輩に出会ったばかりの頃をちょっと思い出した。
 
 あの頃の先輩はまだ中学生で、私は更に小さくて幼女……じゃないじゃない、小学生だった。
 
 当時先輩は私にとって絶対的に信頼できるお兄ちゃんだった。なんだかその時の感覚が呼び起された。
 
「出ろ」
「……え?」

 聞き返してみたけど、先輩はさっさと前に出て歩き出してしまった。
 
 やっぱ先輩は俺様何様西様でした。私の事置いてかないで。
 いや、ウタを止めに行ってくれるのはありがたいんだけど、会話投げっぱなしで行かないで。
 
 出ろ? 何に?
 
 私も一緒にウタの前に出ろって事?
 それが出来ないから先輩に頼んだんだよ。彼も解ってるはず。
 
 じゃあ何だ?
 
 首を捻る私を余所に、周囲がざわめいた。次いであちこちで悲鳴が上がる。
 
 マズイ、ウタ達の事放置しすぎた!
 
 慌てて人だかりの中心に目を向けた。
 
 ちょうど唯先輩が彼らの元に到着したところで、新たな人物――しかも美形――の登場で女性陣が沸き立ったらしい。
 
 ああもう紛らわしいな!
 
 てかこっからじゃ、どんな会話をしてるのか全然聞こえない。
 
 稔とその友人は私に背を向けていて、先輩は横顔、ウタが真正面に見える。
 
 先輩が何か喋るとウタの顔色が変わった。一瞬狼狽えるように弱まった表情が、すぐ更にきつくなる。
 
 絶対挑発した。やめてください、事態を鎮静化させてほしいんであって煽って欲しいんじゃないんだからね!
 
 ドキドキハラハラの展開が予想される渦中に、なんだか夏の高校野球の観戦でもしてるような興奮を覚えた。
 
 もう完全傍観者気取りです。
 
 と、携帯電話が震えているのに気付いた。
 差出人は……唯先輩。メールじゃなく電話だ。

 出ろってもしかしてこの事だったとか?
 よく分からないが通話ボタンを押して耳に当てる。
 
 聞こえてきたのは唯先輩の声だった。
 うお、耳元で低音ボイスやべぇ! なんて言ってる場合じゃないね。
 
『いい加減駄々捏ねんのやめろ、そのうちご主人様に愛想尽かされるぞ?』
『……うるさい。絡まれたから相手しただけだ』
『別におれ絡んでないけどなー』
 
 ひぃ! 何だ今の最高に場の空気にそぐわない軽いノリの声!
 聞いた事がないから、稔のお友達さんだろう。
 
 あんな身の毛もよだつような空気の中にいてよく平然としてられるな。
 空気を読まないだけなのか大物なのか……。
 
『元はと言えば西峨が早く用事言わないからだろ。こんな田舎まで来させといて』
『勘の悪い駄犬だな。ちったぁ嗅覚使えよ』
『おい』

 今度口出ししたのは稔だ。
 先輩が暗に仄めかしたのが私の存在だと気付いたんだろう。
 
 ウタの視線が稔に固定され、眉間に皺が寄った。
 彼はあんな顔もするのか。



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