『お前どっかで見た』

 え、その程度なの!?
 ウタにとって稔ってばまだまだそんな存在だったの!?
 
 嘘ちょっと待ってよ。夏の間、合計して数時間は一緒にいたじゃない!
 
 ショック過ぎて携帯落とすところだった。危ない危ない。
 
『香苗と一緒にいた奴か』

 ぶわ、と。鳥肌が立った。それくらいウタの声が恐ろしかった。
 
 私と同じように固まってしまった稔にウタが殴りかかる。
 長い腕が稔にぶつかる手前で、一番離れていたはずの先輩が二人の間に割って入って、ウタの鳩尾を鮮やかに蹴り飛ばした。

 耳に雑音が入って来る。
 
 少年漫画よろしく後ろに思い切り弾かれたウタは人の垣根にぶつかって倒れた。

 咄嗟に口を手で押さえたけど意味ない。
 ウタが蹴られた瞬間、何も考えられなくなっていた。
 
「ウタッ!!」

 肺の中にある空気を全部吐き出すみたいな大きい声に、稔が驚いてこっちを振り返った。
 それに合わせて人垣になってた周りの人も私を見て、徐々に道を開け始めた。
 
 マズイ。逃げなきゃ。
 ウタはまだ倒れてる、今ならまだ走って逃げれば大丈夫かもしれない。
 必死で探すだろうけど土地勘のないウタを撒く自信はそこそこある。
 
 頭のどこかでちらっとそんな事を考えたような気がした。
 
 だけど唯先輩と目が合ったから。
 彼の鈍い赤色の瞳が物語っていた。最初から彼は私をウタに会わせるつもりだったんだ。
 だから態とウタを傷つけた。
 
 先輩がそうしろと言うのなら私は逆らえない。
 ウタを放っておけないっていう気持ちもあった。
 
 ふらふらと操り人形みたいに彼らの方へと歩いた。
 
「堂島……」

 心配そうに窺ってくる稔に苦笑を返した。
 
「お兄ちゃんは厳しいから」

 視界の端で唯先輩がニヤリとするのを捉えながら言う。
 稔はよく分からないと首を傾げた。
 
 それでいい。これは私の中学時代の傷跡。そう黒歴史という奴です。
 黒い過去は隠ぺいしなければならないのです。
 
 真っ白にはならなくても、ウタとの関係をやり直せなくても。
 
「ウタ、立てる?」

 彼の傍まで行ってそう問うと、ウタはぱちりと目を開けた。
 
 痛みに顔を歪めながらも起き上がる。
 
「香苗……」

 伸ばされた手を取ると、今にも泣きそうに見つめてくるもんだからどうしようもない。
 
 もう片方の手で頭を撫でて落ち着かせた。
 
 突き刺さって痛いくらいの視線の数が恥ずかしさを今更沸き立たせてくる。
 
 私文化祭でなにやってんだろ。
 
 よろりと力なく立ち上がったウタは、遠慮がちに私を見ては視線を逸らし……を5回ほど繰り返した。
 そうか、怒られるってちゃんと分かってるなよしよし。
 
 なら私は彼にこう言おう。
 
「バカヤロウ!」

 世界の北野風に。
 
 コンマ1秒後、横から唯先輩のケータイと、後ろから稔の「馬鹿はお前だ!」というツッコミ、そして稔のお友達と思しき人の「似てねぇ!」というヤジが飛んできました。
 
 



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