▼1 ふぅやれやれ。 唯先輩にウタを委ねまして。ええ、身体も心も全てを預けきってしまいまして。 教室のすぐ近くまで戻ってきました。 道すがら、ウタを捕まえて空き教室に連れ込んだ唯先輩が超ご機嫌でお仕置きとかしちゃう妄想で忙しかったので疲れました。 でもとても心地よい充実感が私を満たす。 一人でニヤニヤしてたけど、まぁみんな文化祭で浮かれてるんだと思ってくれてるに違いない。 「ウタ……大丈夫かなぁ」 心配。とても心配だわ。唯先輩は手加減とか知らないだろうし。 「ウタって誰?」 「ぎゃぁぁぁぁっ!!」 びびびびび、ビックリした!! 驚きすぎて脳内妄想がポーンと口から出てきそうになったじゃないの!! いや実際出てきて欲しいものだけれども! 私の絶叫に声を掛けた方も相当ビックリしたようで、口を開けたまま固まっていた。 珍しく開眼までしている。 「人の心臓仕留めようとしないでよ時芽」 「えー事故だよぉ、まさか声かけただけで事故るなんて思わなかった」 「常に“かもしれない”を予想しながら生活しないと! 教室入ろうとしたら、慌てて出てきた生徒とぶつかって、ウッカリ接吻しちゃうかもしれない」 ドン! 「にゃぁっ!!」 「うおっ!?」 言いながらドアを開けると、ダッシュで教室から出ようとしていた稔とぶつかった。 稔も私もよそ見してたから全然気づかなかった。 しかし稔の素晴らしい運動神経のおかげで「キャーやだ、信じられない! 私のファーストキスがぁ!」な少女マンガ展開にはならずに済んだ。 ただ、これはこれですんごく恥ずかしい。 なんで私、稔に壁ドンされてんですかね? 一応何でかは解ってるんだけど。 ぶつかった拍子に後ろに倒れそうになった私を、稔が引っ張ってくれたは良かったんだけど勢いが付きすぎて今度は前につんのめって。 咄嗟に稔の手を引いて体勢を取ろうとしたんだけど、稔も不安定になってた為に二人してフラつき。 縺れるようにして壁際まできて、私は背中と後頭部を強打。 バウンドしたところに、咄嗟に私の顔の横に両手を突いて踏ん張ろうとしたんだけど間に合わなかった稔から頭突きをかまされ、またも後頭部を壁にぶつけた。 はい、ここまで10秒ね。 頭・額・頭の順に衝撃を三度も受けたせいで記憶喪失になるかと思った。 むしろ稔とぶつかったのが原因で心と体が入れ替わるかと思った。 とか、朦朧としかけた意識の中でさえ妄想をする私。 そしてここまでで計15秒。 結果だけを見ると、私が稔に壁ドンされてるような構図になっちゃったというわけだ。 「人生とは、不測な事態で出来ているものである」 「呑気に格言みたいな事言ってないでよ時芽!!」 「人生には予想外がつきもの、かもしれない」 「言い直せって言ったんじゃぁないのーっ!」 絶好調にマイペースだな! なんかさっきからカシャカシャ聞こえてるんだけど、写メ撮られてんだけど! 細目でニッコリ笑いながら人の恥ずかし映像撮ってんじゃないやい。 ていうか稔が静かだ。 嵐の前的なあれか? 意識して見ないようにしていた、至近距離にある端正な稔の顔を覗き込むと。 あ。 「稔顔赤い」 「………堂島もな」 だって仕方ないじゃん! だから稔の方向きたくなかったんだ。 こんな公衆の面前でコントみたい事しちゃったんだもの。恥ずかしいに決まってるじゃん! 稔のイケメンっぷりをこんな近くで観察出来るっていうオプションだけでは割に合わない。 羞恥で動けなかったらしい稔がやっと、のろのろと退いてくれたおかげで漸く凶器となった壁と離れられた。 二人して妙な気まずさを覚えてそわそわする。 ふと視線を感じて周りを見ると。 通りすがりの方々が意味深な目で私達を見ていた。 女の子達がキャァキャァ言ってた。 ちげぇから!! あなた達が望んでるような展開にはならないから!! むしろ私そっち側の人間だからぁっ!! 前 | 次 戻 |