思い出せない。大切な、とても大切なものだったのに。
 いつも傍にいて、つらい時も苦しい時も嬉しい事も全部全部分かち合って生きてきた……
 
 
 母を訪ねて三千里のマルコの肩に乗ってたあのサルの名前が思い浮かばない。
 何だっけ? アントニオ? いやいや猪木ではなかったよなぁ。
 
 何故そんなとりとめのない事を沸々と考えているのかというと、私が今まさに人を探して校内を彷徨っている最中だからです。
 
 でも悲しいかな、旅には不可欠な相棒にしてマスコット的存在がいてくれない。
 
 稔についてきてって頼んだ時の、露骨に嫌そうにしたあの顔は忘れられません。
 この記憶が邪魔してサルの名前が出てこないんじゃないかって思えるくらい。
 
 思い出したあかつきには、ぜひとも稔の事を1日その名前で呼んでやりたい。
 
「おぉーい、ハチ公ー」

 仕方ないからサルは諦めて犬にしてみた。
 犬だしね、ただし忠犬じゃなく狂犬だけど。
 
 目立つからすぐ見つかると思ってたのに、ウタが何処にいるのか全然分らない。
 
 もういいかな、どうせ見つけても声かけるわけじゃなく、陰からこっそり何も問題起こさないか見守るしか出来ないし。
 
 いや既に問題起こしてくれてるけどね。私のクラス十分ダメージくらったけどね。
 
「ポチー……」

 だんだん名前がおざなりになってきたのは仕方のない事だと思う。
 
「カナ!」

 え!? ポチ!?
 まさかの呼びかけに反応した人物がいた。
 振り返ればこちらに駆けよって来る。
 
「どうしたのカナ、元気ない?」
「どうしたはこっちのセリフだ依澄」

 こっち来んな! と思わず追い返しそうになる、微妙な着ぐるみを着た依澄だった。
 
 とてとてと効果音が付きそうな走り方で近づいてくる。
 
 何この完成度の低いウサギの着ぐるみ。
 ピンと真っ直ぐ伸びてなきゃいけないはずのヒゲがウネウネしてるんだけど。
 縮れ麺ですか、何と絡めたいんですか。
 
 クリクリと愛らしくないといけないはずの瞳が、生気がなく淀んだ死んだ魚のようになってるんだけど。
 何があったんですか、希望のない社会に絶望したんですか。
 
 顔の部分はくりぬかれてるから、キラキラな依澄の顔は出てるんだけど。
 着ぐるみと依澄の顔との出来の良し悪しのギャップが堪らなくアンバランスだ。
 
 一体このクラスの出し物ってなんなの。
 どうしちゃったの、どうしてこんな迷走しちゃったの依澄のクラスは。
 
「ウサギさんだよ!」
「いやうん、何の動物かってのはさして問題ではないんだけどね。まぁいいか」

 特に依澄が嫌がっているわけではなさそうなので、もういい、という事にしとこう。
 深く考えないでおこう。
 
 何年か前にテレビや新聞で見た、こういう着ぐるみいっぱい出てくる外国の遊園地が頭にちらついてしょうがないけど。
 
「……でも今日って確かお姉様来てるんじゃなかったっけ? そんなカッコでいいの?」
「うん! 『可愛い可愛い』って言ってもらった!」
「もう既に会っていた!?」

 お姉様というのはウチの姉の事では勿論ない。
 私達の家の近所に住むちょっぴり飛んだ性格のお姉さん。
 
 凄く美人でサバサバした性格で面倒見が良くて、そして依澄が好いているお姉さん。
 
 私も大好きなんだけど、お姉さんっていうか本当にお姉様っていうのがしっくりくる人なのよね。
 実際そう呼んでるし本人もすんなりと受け入れてくれている。そんな人。
 
 彼女の性格を知る私が言う。
 正確には『あーはいはいカワイーカワイー』と無表情かつ棒読みで言ったに違いない。



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