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「西さん」

 一歩彼が近づいてくるたびに、逃げ出したくなる衝動。
 
 気づかないわけなかったんだ。
 あの夏の日、三下くんと私の様子を見て、後で問い質さないわけがなかったんだ。
 
 中途半端は嫌いな人だから。
 私がどこの高校に行ってるか、少し疑問に思っていたみたいだから、そんな宙ぶらりんなままにしておくはずがなかった。
 
 だから二学期に入ってすぐ私の所に来る事だって出来たのに。
 
「随分と、ここ満喫してんなぁ。香苗」

 ぞわぁぁっと全身に冷たいものが走った。
 
 な、名前呼んだ!! 私の名前呼んだよこの人!!
 何企んでんのぉーっ。
 
「うぎゃぁぁぁっ! 西さん笑わないで凶悪スマイルでこっち来ないでぇ!」
「おまっ、西峨さんに何て事を」
「言わいでか! 過去あの顔した後にどんな目に遭わされてきたと思ってんの!?」
「そのたび泣きついてた姉貴は今いないしなぁ?」

 クツクツと喉を鳴らす西さんは、気が付けば目の前まで迫ってきていた。
 ま、間合いに入られただと!?
 
 どうすりゃいいんだ、姉はもちろん、東さんやウタもいないこの状況で西さんにどう対抗しろと。
 
 藁をも縋る思いで一歩半後ろにいる内海くんを窺ってみたら、すっごい見た事もないようなとろける笑みで親指立てられた。
 
 何に対するゴーサインでしょう!?
 
 こんの腐男子がぁっ、逆の立場だったら私も絶対そうしてる!!
 第三者って楽でいいよね!
 
「香苗」
「その無駄に良い声で名前連呼しないでもらえます!?」
「…………」
「黙って見下ろさないで下さい、ちょー怖いから!!」
「どっちだよ」

 存在自体が恐怖そのものって事ですよ! 大王ですよ世紀末でもないのに……。
 
 でも西さんの機嫌はそこまで悪くない、むしろ良いらしく私の紙一重の文句にもちゃんと答えてくれている。

 不機嫌モードのときは私一目散に逃げます。命の危機だから。
 じろじろと私を観察してくる西さんにヘラリと愛想を振りまいてみる。
 


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