大人しく客間まで来て、促されるままに座布団の上に座り、そしてやっとどういう事なのかと問い質した後の反応が先ほどのものだったという訳だ。

「で、ここに何しに来たの」

 と問うて

「お見合いしに」

 真顔で、というよりも当然じゃないとでも言いたげな顔を見れば、叫ばずにはいられなかった。何処の世に母親に昼を食べに行こうと誘われてお見合いだと気付く女子高校生がいると言うのか。

 生まれてから今までの経験と、熟知しているはずの母親の性格を考えれば気付けただろうか。いや、さすがに無理だ。無理なのだが悔しくてならない。数日前に交わされた嘘臭い親子愛の劇場のような会話が邪魔していたのかもしれない。食べ物に釣られたという事実はこの際放っておく。

「あんたの幸せを思えばこそよ」

 やられた。
 ニヤリと哂う母に、あのやり取りは全て計算ずくの伏線だったのだと今更ながらに悟った。あの時から既にこの日の計画が彼女の頭の中にはあったのだ。


 母親の愛情だなどと素直に話を受け入れるのではなく、まだ高校生の七海に結婚観を言って聞かせている時点でおかしいと思わなければならなかったのだ。

 どれだけ日常会話に気を張り巡らせて生活をしなければならないのか。七海は手の平で額を覆った。

「てか今日だよ、今日ちょうど私の十七の誕生日なんですけど!」

 こんな一年通して他にないほど、周囲の人に祝福されるべき日に何をやらされているんだ私は。今のところ友人達数名からおめでとうのメールが届いたのみだ。プレゼントの一つも用意されていないなんて寂しいな、なんて思っていたのにそんなものは甘かった。

「普通の神経してたら高校二年生の娘にお見合いさせないでしょ……」

 何故に青春真っ盛りなこの時分に、本人の意思ではなく親の手で、しかも無理から縁談によって永久就職させられねばならぬのか。


 今はまだないけれど、これから先待ち受けているであろう恋愛経験や、大学でのキャンパスライフ等、徐々に大人への階段を上る事を許されず扉を開ければそこにゴールテープが張られていたなどと許されていいのか。
帰る。

 もうそれしかないと七海は思った。

 いつでも自分のしたいように生きる美弥子に付き合っていたら身が持たない。ならば七海も自分に正直に行動するまでだ。

 すっくと立ち上がり美弥子の横を抜けようとした瞬間、軸足を後ろに引っ張られた七海は抵抗する間も与えられず、前のめりに体勢を崩した。

 床に衝突する直前に咄嗟に手をついて顔面強打は免れたが、それでも畳の上を勢いよくスライディング。

 本人には聞こえ辛かったが、大きな音がしたに違いない。個室で他の客に見られなかったのが唯一の救いか。
 次第にひりひりと痛み始めてきた身体をゆっくりと起こす。

「なっにすんの!」
「それはこっちの台詞よ、勝手に席立つんじゃない」
「トイレ」
「駄目です、限界まで我慢なさい。あんたがいない間に先方様が来たら、お母さんが見合相手だと勘違いされちゃうでしょ」

 「どうしましょう、お母さん困ったわ」と思案気に顔を伏せた美弥子に白けた目を向ける。

「んなわけあるか」

 自分の歳考えやがれ。ぼそりと呟いた七海の言葉を耳聡く聴いた美弥子は力一杯頭を小突いた。
 あまりの痛さに声もなくその場に蹲る。

 こんなに最低な誕生日は未だ嘗て体験した事がない。ケーキ事件を上回る勢いだ。




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