円く区切られた窓を開ける。見えたのは雲の合間から覗く満月だった。
 
 勇人はそっと手を翳した。本来の自分のものより一回りは大きい。
 窓の位置も低く感じた。
 
 寿命が尽きようとしているとは思えないほど力に満ちた隼人の身体。ならばあの勇人のあれは何だったというのか。
 
 馬鹿にしているとしか思えない歴然とした差。
 けれどこの差があったからこそ勇人は救われるのだ。

「なあ、本当に自由が必要なのは肉体か魂か。どっちだと思う?」

 いつも考えていた。

 肉体は健康でも精神が死んでゆく勇人と
 肉体は滅び行くのに精神はまともである隼人

 どちらがより正常であるのか。どちらが残るべきなのか。

 そして勇人は生き残る道を掴み取ろうとしている。あと一歩だ。
 
 あとはこの神力を持って隼人の魂を今度こそ手に入れ、元の身体に戻ればいい。うっそりと笑った。

「勇人!」

 乱暴に襖が開けられ、切望した人物が庵の中に入って来た。

 月から目を離し、振り向いた先にいたのは象牙色の髪と瞳を持った己の姿をした隼人だ。

 遅れて入って来た七海は小さく悲鳴を上げた。部屋の隅で倒れ込んでいる榊を視界に捉えたからだ。

「榊さ……」

 抱き起こそうとして、手にぬるりと生暖かい液体が付着し身体を硬直させる。
 
 畳にもべったりと付着しているのは血だ。
 七海はシャツを脱いでキャミソール一枚になると、躊躇いも無くシャツを裂いた。
 
 覚束無い手つきで榊の頭に巻いていく。
 応急処置の知識などまるで無い七海の精一杯の行為だった。

「怪我したまんまここまで来てさ、すぐに気失っちゃったんだよね。病院行けば良かったのに」
「勇人……!」

 非難がましい目で見詰めて来る七海を嗤う。

「勇人。お前が欲しがっていた答えをやろう」

 隼人は一歩前へ出た。

「肉体と魂、互いが定められた組み合わせで存在していなければ自由も幸福も有り得ない。どちらか一方でなどない」

 勇人がこれから為そうとしている事は、彼が欲していたものを手に入れる行為では決して無い。

「今ならまだ間に合う、それを捨ててこの身体に戻れ」

 そして隼人も自分の身体に戻れば元通りだ。完全にとはいかない。

 壊れてしまった家屋、関係、絆。けれどもこのちぐはぐな状態は直すべきだ。

「どうして? 隼人はもう十分生きたでしょう、だから残りの分くらい僕に頂戴よ。一度はそうしてくれようとしたじゃないか」

 殴りかかってきた隼人の拳を寸でのところで避ける。
 間髪入れず入れられた蹴りを、今度は鳩尾に食らった。



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