阻止しようと獣がシャクを咥えたまま朝陽に向かってきた。

 手が震える。足が勝手に逃げようとする。

「逃げるとか負けるとか…出来るかってのよ……」

 誰もが尊敬する存在である事。容姿然り学力然り、生き様然り。この有り方を崩す即ち生き恥を晒す事だ。

「元ヤンの根性なめんじゃねぇーっ!!」

 生まれてこの方剣なんて握ったのはこれが初めてだ。扱い方なんて知らない。

 それでも突き刺すくらいなら。
 叫ぶ事で恐怖を和らげ、朝陽は剣を振り上げた。

 獣がシャク同様朝陽も銜え上げようとしゃがんだその時だった。
 右目に深々と剣が突き刺さる。朝陽は柄から手を離し数歩後ろへ下がった。

 刺された体勢からピクリとも動こうとしない獣に焦りが生まれる。
 まだ足りなかったのか。剣は手元になく、もうどうしようもない。

 だが突然、獣の身体が霧散した。黒い煙が広がったのも数秒すれば跡形も無く消えていった。

 瞳に刺さっていた剣は白い光を放ち銀髪の人型に素早く戻ると銜えていた獣がいなくなった事で地面に落ちようとしていたシャクを器用に抱きかかえた。

 そっと床に寝かせて気を失っているシャクの傷ついた腕を撫でた。
 そして放心している朝陽に向き直った。

「お前すごいな! モトヤンだからすごい? それってなに?」

 きらきらと興味津々に輝く瞳を受け、漸く朝陽は気を取り直した。

「ああ元ヤンね。知らないわ。だって私ヤンキーなんかやってなかったもの」

 優等生だったのよ。
 にやりと不敵に笑った。





 榊の屋敷は騒然としていた。救急車とパトカーが同じ警告色を明々と回転させ、救急隊も警官も右へ左へと慌しく駆け回っている。
 
 ときに大声で指示が出されているのが、未だ事態の収拾の目処がついていない事を表しているかのようだ。
 
 負傷した人が救急車に乗り込むのを見て七海は直ぐに目を逸らした。その先の地面に血痕が付着していて、わけも無く泣き出してしまいそうになる。

「中へは入らないで下さい」

 門の下で止められた隼人は警官に殴りかかりそうだった。七海がさり気なく間に割ってはいる。

「この家の者です」

 隼人の腕をぐいと掴んで屈ませた。

「榊 勇人、本家の人間です」

 警官は一瞬迷いを見せたが、すんなりと退いて中へ入れてくれた。

 手入れの行き届いた庭木の間を通る石畳を駆けてゆく。以前榊と通った石庭を横切ろうとした時、目に飛び込んできた母屋の惨状に言葉を呑んだ。

 奥半分が崩れ、瓦礫の山と化している。
 建物の最後部が一番酷く、そこに勇人がいて隼人の身体に残った力で壊したのだろうと思われた。

「勇人は何処行ったんだろ……」
「庵だ」

 隼人には明確に感じ取る事が出来た。元は自分の身体と神力だ。
 何処で使われ何処へ移動したのか手に取るように。
 


end

'11.11.27~'11.12.31




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