「違う……みぎ、右ーっ!!」

 十字路を直進しようとした隼人に七海が後ろから方向転換を促す。
 道を知らないのなら先頭を突っ走るなと言いたい所だが、隼人からすれば七海の足が遅過ぎて合わせていられるかという苛立ちがあると分かるからそこは口には出さない。

 だがこれ以上離されると隼人を見失い、見当違いな方向へ行ってしまっても呼び戻せなくなる。

 ああ、どうして自転車に乗って来なかったんだろう。
 
 七海は咄嗟に思いつかなかった自分の役立たずな脳みそを恨んだ。

「隼人ぉーちょー止まろうか! 電話するから! 直接聞いてみるから!」

 取り敢えず隼人の足を止めたかった。
 じれったそうにしながらも立ち止まって振り返った隼人にほっと息を吐く。七海もスピードを緩めながら駆け寄り、ポケットから携帯電話を出した。

 アドレス帳を開き、上から順に登録者の名前を流し見する。

「あった! 私ってばちょーエライ!」

 つい先日登録したばかりでまだ一度も掛けた事のない電話番号。

 榊の代理で家まで謝礼に来た関に貰った名刺に明記されていた番号をもしもの為にと登録しておいたのだ。
 何もなければそれに越した事はないが、しておいて正解だった。

 耳を当てる。プルルル、プルルル。呼び出し音が続く。関が出る気配は無い。
 コール回数が増えるたびに不安も大きくなった。隼人を見れば彼もまた同じような表情で七海を見ていた。

 どんな状況なのか聞けば少しは落ち着くかと思っていたが、これでは先を急いだ方が良かった。余計に焦るだけだ。

「隼人ごめ……」

 プーッ
 
 七海の声を掻き消すクラクションに振り返ると直ぐ後ろに家の車が止まり、運転席のドアが開いた。

「ヘイ早く乗りな二人共! 事情は聞いてるぜ」
「お母さん! え、何キャラ?」

 親指を立て、くいと後部座席を差した美弥子に唖然とする。誰に成りきっているのか分からない。
 聞いたもなにも美弥子もあの場にいたはずだ。

 首を捻りながら車に乗り込んだ。
 もう一度関に電話を掛けるがコール音ばかりが虚しく響く。

「どこに掛けてるの?」
「関さんの携帯。ほら榊さんとこの使用人さん」
「そんな! 使用人が携帯を携帯してないなんて……」「してないなんて、何?」
「……別にその続きは考えてないわよ」

 付き合って損した!
 物凄く時間を無駄にした気がしてバックミラー越しに美弥子を睨み付けた。

 美弥子はそんな七海に気付いて目を逸らし左右の確認を無駄に何度も行っている。

「七海」

 前に気を取られていた七海はようやっと隣に隼人がいる事を思い出した。
 あまりに大人しく座っていたので存在を忘れかけていた。
 
 携帯電話を耳に当てていた手にそっと隼人のものが添えられて、耳から離された。

「どうせもう着くんだろ」
「……うん、ごめん」

 隼人の心をちょっとでも軽くしてあげたいのに上手くいかない。役に立てない事が歯痒い。
 
 俯いた七海の頭を隼人はそろりと撫でた。
 
 恐々といった仕草は不慣れだけれども懸命に慰めてくれているのだと思わせられて。逆に慰められては立つ瀬が無い。

「これ以上は無理ね」

 交差点を曲がって後は真っ直ぐ進むだけ、というところで車は動けなくなった。

 救急車やパトカーが駐車され、人集りが出来、そのせいで通り抜けようとしていた車がごたつき渋滞になっていた。

「こっから走りなさい。私は昌也の病院に行くわ。もしかしたら榊さんもいるかもしれないし」
「うん、ありがとうねお母さん」




end

'11.9.16~'11.10.29




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