「すまない……」 榊と勇人の境には、目に見えない壁がある。勇人を閉じ込めるための結界に阻まれそれ以上は近づけない。 くしゃりと勇人は今にも泣き出しそうに顔を歪めた。 「なに、これ……嘘だ。ずっと死ぬまでとか、言わないよね?」 「………」 「父さんお願い出してっ!」 「すまない」 目を合わせようとすらせず、息子の悲痛な叫びを突き放した。 電池が切れたようにその場に座り込んだ勇人に合わせて榊も膝をついた。 俯いて肩を震わす息子に伸ばしかけた手は宙で止まる。歯を噛み締めた。 「せめてここから、庵に移して……」 窓一つ無い、完全に外界を遮断し閉鎖された空間は更に勇人の心を蝕むだろう。だがそれでも 「出来ないんだ。この結界は解けないだよ勇人」 本当は今すぐにでも出してやりたい。 狂気に支配されているのは嘘のように弱々しい勇人だが、半月前のあの凄惨な庵での出来事は間違いなく彼が起こした。 自分の子可愛さに言う事を聞いてやる訳にはいかないのだ。 いや、結界を解いて息の根を止めるべき所を留めるだけに終わらせているだけ十分甘いと思わなければならない。 自力で壁を壊せないという事は、まだ勇人の魂は二つに裂けたままなのだろう。まだ猶予はある。決断する時をもう少し先延ばしにしてもいいはずだ。 そんな榊の懇願にも似た考えを嘲笑うかのように、勇人は態度を一変させた。 「泣き脅しは通用しないのか。隼人の姿だからかなぁ」 「な、ゆう……」 「平和的解決をしようとした僕の努力を無駄にしたのは父さんだからね?」 ずっと下を向いていた勇人は顔を上げるとニィと笑った。 榊は目を見張った。 勇人の髪と服が下から風が吹き上げたかのように靡いた。途端、旋風が巻き起こり榊は顔を腕でガードした。 腕の合間から勇人を拘束していた鎖が断ち切られ、破片が飛び散るのが見えた。 「勇人!」 立ち上がり、高くも無い天井を見上げた勇人は、呼ばれてちらりと父親を見やった。 背筋が凍る。 隼人は正しかったのだと改めて思い知らされた。 ずっと心のどこかで期待していた。勇人は狂ってなどいない。 追い詰められた末の暴挙は否定しようもなかったが、一時的に錯乱していただけで再び目覚めれば元に戻っているのだと。 だけれども隼人の言った通りだった。もう勇人は正気には戻らない。 どす黒く澱んだ瞳と獣じみた笑みを浮かべた表情が、榊が見た最後の勇人だった。 end '11.8.9~'11.9.3 ←|→ back |