白いシーツにも飛び散った鮮やかな血に心拍数が上がる。

 どくりどくりと心臓がなる度に体ごと震えそうになる。

「ゆ、うと……?」

 ゆっくりと起き上がった青年の腕には、先ほどまで無かったはずの真新しい怪我が次々と浮かび上がり、そこからも血が流れポタリと床を汚した。

「父さん?」

 痛くないのか、全く怪我を気にせず問いかけた。


 ああ

 その場に崩れ落ちそうになるのを榊は必死で堪えた。
 分かっていたはずだ。
 この美しい神の使いの姿をしているのは、勇人であると。
 彼の者を殺し、魂を食い破ろうと画策し、結果的には身体を手に入れた息子と対峙しているのだと。
 

「ここ、どこ?」

 目を瞬かせ、ぐるりと辺りを見渡しても窓一つ無いコンクリートの部屋は覚えの無い場所だった。

「母屋の一番奥の……」

 榊は言い淀んだが、そこまで聞けば十分だ。
 いつも南京錠で閉ざされていたが、何の用途で使用されていた部屋だったのかは勇人も知っていた。

 じゃらり

 さっきから動く度に耳障りな金属の擦れる音が不快で仕方ない。

 手足の自由を奪う鎖を見て笑い出しそうになった。そんなに怖いか、実の息子が。

「勇人」

 緊張に震える声を絞り出す父からは、いつもの威厳は欠片も見当たらない。

 勇人は所在なさげに視線を彷徨わせながら榊に近づいた。

「どうして僕こんな所にいるの? ここ昔牢屋だった部屋だよね?」
「……っ」

 息を詰めた父親に勇人は矢継ぎ早に質問を繋げた。
 
「ねぇ、この鎖は何? なんで繋がれてるの? 僕が隼人を殺そうとしたから?」
「落ち着きなさい、勇人。お前がここにいるのは……その身体に神力が宿っているからだ」
「じゃあ、じゃあ今度は僕を隼人の代わりにするんだ?」

 榊家の繁栄のためだけにこの地に縛り付けられる。

 一歩たりとも外へ出る事は許されず、ただ寿命が尽きるそのときまで利用され続けるのだ。
 
 父親は気まずそうに目を逸らし、沈黙を守った。

 それだけではなく勇人が今自分で言ったように、彼自身が危険視されているせいでもあるのだが、榊には告げられなかった。

「嫌だ……こんな所にいたくない、父さん!」

 伸ばした手の先から火花が散った。
 バチリと派手な音と伝った衝撃に引っ込めた指先は焼けていた。



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