二メートルは越える壁と山とに囲われた榊家の占有面積は一校の学校が丸々入ってしまうくらいに広大だ。住み込みの使用人を合わせて二桁の人間が暮らしている。

 けれど家の主である本家筋の人間はたったの二人。
 榊家当主とその息子のみなのだ。

 その息子も今や居ると言っていいものかどうか危うい状態にある。

 藤岡家から帰宅した榊は頭を下げる使用人達に軽く挨拶を返すと一人母屋の奥へと向かった。
 普段からなかなか人の出入りのない場所だ。時代を感じさせる古風な日本家屋独特の細い廊下の突き当りまで来た。

 背広のポケットから鍵を取り出す。廊下の終着点にある横引き戸につけられた南京錠の鍵だ。

 扉を開けるとその先はコンクリートの壁に囲われた小さな部屋になっている。

 真夏にも関わらず少しひんやりとしていた。何処からとも無く漏れてくる冷気が気持ち良いとは思わない。不気味とさえ感じた。

 ここがその昔、牢屋として使われていた場所だと知っているから。
 今ではもう改装されてはいるが使おうとした者はいない。納屋として使用するのも躊躇われた。

 そこに自分が誰かを閉じ込める日が来るとは夢にも思わなかった。まして他の誰でもない、血を分け与えた己の子どもなど。

 三段だけある階段を下りる。部屋の端に備え付けたベッドに横たわる人間の姿をした人ならざる者の手足には、庵に隔離していた息子の身体と同様の鎖が取り付けられている。

 部屋の中央辺りで足を止めた榊は距離を保ったまま彼を見詰めた。

 神の使いであるという隼人の身体は、半月前は左胸の肉を抉られ血塗れで、息をしているのが不思議なくらいに酷い有様だった。その傷も殆んど塞がりかけている。
 尋常ではない回復力だ。

 そんな人間を超越した力を持った身体の中に勇人がいる。隼人を殺そうと刃に掛けた榊の子どもが。

 信じたくは無いが、以前は象牙色をしていた彼の髪が黒く変色しているのを見れば疑いようが無い。

 何故こんな事になってしまったのか。
 どうする事が最善なのか。
 本当に、殺すしかないのか。

 後悔の念ばかりが押し寄せてくる。こうなる前に勇人の苦しみに気付いてやれなかった。もっと気にかけてやっていれば。

 居た堪れなくなった榊は踵を返した。

「ゲホッ」

 小さい音に榊はすぐに振り返った。
 ベッドに仰向けに寝ていたはずの勇人はうつ伏せになり何度も咳き込んでいる。

「勇人っ!」

 呼ばれ、鷹揚な動きで榊の方を向いた青年の口から赤い液体が滴り落ちた。



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