勝算はあった。生に対する貪欲さなら勇人の方が格段に上だ。静かに死を受け入れようと庵で大人しく寝ているだけの隼人に負けたりしない。ねじ伏せられると確信を持っていた。
 勇人は文献を穴が空きそうなくらいに何度も何度も読み返し暗記した。
 
 そして遂に夏前に決行したのだ。えづくくらいの緊張を強いられた。これから勇人がしようとしているのは動物虐待ではない。
 
 神の眷属を殺し、その命を奪いに行く。自らの欲のままに隼人を捕まえた榊家の末裔に相応しいではないか。
 乾いた笑いは自分が思っていた以上に掠れていた。

「隼人…」

 襖を開け、部屋の中にいたのは狐の姿の隼人だった。これならばまだましだと思った。人を殺すのはさすがに耐えられそうも無い。
 明らかに様子のおかしい勇人を不思議そうに眺める隼人に、精一杯の笑みを浮かべた。

「ねぇ隼人。隼人はもうすぐ死んじゃうんだよね」

 人間とは時間の流れが違うから、もうすぐが何十年なのか何百年なのか知らない。都合よく数年くらいだと決め付けた。

「怖くないの? 嫌じゃない?」

 隼人はただじっと見詰めてくる。今まで一度も口にしなかった感情を一旦発してしまうともう制御しきれない。焦燥も相俟って言葉は真っ白な脳を通さずするすると出て行った。

「僕は死にたくない……、嫌だ何で僕がこんな目に会わなくちゃいけないの。どうして僕なの? 他にいっぱいいたじゃない! 分家にも……それかもっと早くどうして……! 嫌だ、嫌だ! 僕は死なない……っ!」

 ずぷり
 勇人の思考を戻したのは耳に残る、隼人の身体をナイフで抉る音だった。
 
 手を放さなければいけないのに、握ったままどうしても動かせない。小刻みに震える右手に左手を添え、力任せに動かせばナイフごと隼人から距離を取る事となった。



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