勇人が隼人に出会ったのは六歳のとき。隼人は妖ではないからか、瞳に映しても体調を崩す事もなかった。
 それから事ある毎に彼は隼人の元へと遊びに行った。隼人は勇人にとって唯一気兼ねしない話し相手となっていたのだ。ある時は狐の姿をし、ある時は人型をしていた。どちらも象牙の毛髪と瞳が印象的な美しい姿をしていた。

「隼人が人間だったら良かったのに」

 思えば勇人のその一言が切っ掛けで人型を取るようになったように思う。
 隼人は喋る事はしないで、いつも勇人の話を黙って聞いているばかりだった。沢山質問を投げかけたように思うが答えが返ってきた例はない。

 それでも良かった。きちんと話を聞いてくれているのだと瞳が語っていたから。
 満足だった。傍にいてくれるだけで。

 どうなるのか解っていたからお互い触れるなんてしなかったが、二人きりでいるには広い和室でのんびりと流れる時間を共有するだけでいいとずっと思っていた。

 勇人が高校に入ってすぐの頃、学校帰りに七海を見かけた。彼女は猫の霊魂を撫でながら優しく語り掛けていた。これは勇人にとって衝撃だった。魂に直に触れて平気な人が存在するのか。
 自分が感じる苦痛を彼女は感じた事がないのか。あの子ならば隼人の艶やかな毛も撫でられるのか。

 思った瞬間に心に流れ込んできたのは紛れも無い嫉妬。無い物ねだり。そしてそれにも勝る興奮だった。

 家に帰った勇人は、霊魂を瞳に映してしまった影響で体調を崩したにも拘らず、その感情の昂ぶりそのままに父親や隼人に七海の事を話して回った。

 数日が経ち幾らか冷静になった勇人は、自分も七海のようでない事が悔しくて仕方がなかった。幽霊が見える瞳を呪った事はよくあった。だがこうも簡単にへばる身体でなければと願望を抱いたのは初めてだ。その願望はやがてどうすれば強い精神を手に入れられるか、に摩り替わっていた。

 父親に話を聞き、倉庫に保管されてある古い文献を読み漁る日々が続いた。

 どうして勇人はそこまで必死になっていたのかと言えば、彼は自分がもう長くない事を悟っていたのだ。熱を出す度、その瞳に人ならざる者を映し出す度に削られてゆく精神。それはつまり魂が磨り減ってゆく事を意味する。

 行き着く先は自我の崩壊。長い時間を掛けて砂崩しのように外側から徐々に魂をすり減らされる恐怖が勇人の心を狂わせ、それが更に精神崩壊に拍車を掛ける結果となった。

 いつ恐慌状態に陥ってもおかしくない極限まで来たとき、ようやっと勇人は生きながらえる方法を手に入れた。

 他者の魂を飲み込めば、その者の寿命を得られる。

 何かの文献に書かれていたこの記述は少しだけ正解。
 他者の魂を飲み込み、それと交わる事が出来たなら二つの寿命が合わさる。
 こちらが正しい。失敗すればお互いがお互いの魂を殺すべく苦痛だけが支配する争いが内で行われるのだと、このときの勇人は知らない。

 賭けだ。何百年と榊家に縛られ肉体が衰弱の一途を辿る隼人と、隼人の神力が弱まった影響により精神が死んでゆく運命を課せられた勇人。どちらが残れるのか、二人とも消え失せるのか。



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