榊は古くから今と同じ山の麓に屋敷を構え、地域一体の土地を掌握していた時代もあったという。時と共に変化した情勢により、榊の下から離れ人々の手に渡った土地は開発され、どんどんと住環境は整備が進んでいった。

 そうして一見榊という名の持つ力は衰えたようでいて、その実現在に至るまで有り余る財力は底尽きることを知らない。
 表立って権力を振りかざす事をしなくなったというだけなのだ。ひっそりと、それでも確かな存在感でもってこの地域に根を張っている。

 文明が開化するよりずっと以前からこの地の支配者として君臨していた榊家が、農業・産業・屋敷神として名を馳せる稲荷を信仰しているという事実は殆ど知られていない。
 
 勿論、ただ信仰しているだけではなく、あの広大な敷地の中に稲荷の眷属である狐を封じ、崇めている事も。このご時世に誰が信じるだろう、人智を超えた力によって繁栄を齎されていたなど。

 百年以上も前から榊家は一匹の神力を持つ狐を、屋敷の奥から続く林道の長い長い一本道を抜けた所にある古びた庵に押し込めていた。

 ただその栄華の為に。狐の力を貪る為だけに。

 神力が有限である事に気付いたのはつい最近。不景気の余波が榊家にもにじり寄り、財産が削られ始めた。
 楽観視出来る程度のものであったが、源である狐が目に見えて衰弱してきている事実に一族は慄いた。対策らしい対策も思いつかないまま何十年も経ち、遂に確かな形で榊家は衰退を見る。いや、そんな生半可なものではない。

 これまで神狐の力を邪な欲で毟り取ってきた事によって生じた歪みを清算するかのように、一気に皺寄せが来た。

 子どもが産まれない。分家のどの家もそうで妊娠をしても流産、産まれても幼くして病に冒される。繰り返される悲劇。

 そして待望の本家夫婦の間にも赤子が出来たが出産時に母親は死に、子どもはやはり病持ちであった。身体的なものではない。彼は瞳に霊魂を映し出すという稀なる力を有していたが、精神がついて行かずにすぐ中てられた。

 知らない人が部屋にいるのだと泣きじゃくり、その後すぐに熱を出して寝込むのが常。
 日常的にそんな事を繰り返すうち、一族の者は皆勇人を不気味がるようになっていった。
 気をつけていても態度に出るもので、物心ついた頃には疎外感をずっと感じていた勇人はいつしか一人でいる時間が増えていった。

 屋敷の外は要らないものを見てしまうから不用意に出かけられない。となれば無駄に広い榊家の敷地内を散策するしかなく、林道を通って庵を発見したのは早かった。
 
 そして畳の上に敷き詰められた高価な着物に埋もれ、すやすやと眠る狐に出会った。




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