「榊さん?」
「あ……すみません」

 昌也の手を離し、罰が悪そうに笑うも美弥子達は誤魔化せない。

「その子には触れないで下さい。狐の霊にとり憑かれてから向こう、誰であっても拒むのです」

 以前七海にやったように、両手を見せた。もう僅かにしか痕も残っていないがそれでも話を理解するには十分だろう。
 簡単に勇人の身体のことを説明すれば、さすがと言うかあっさりと三人は事情を飲み込んだ。

「なら勇人くんは違う場所に運べないわね」
「七海を移動させて、勇人くんだけここで寝かせるのも変じゃない?」
「二人共このままでいいんじゃねぇの」

 昌也の提案は運ばされるとしたらそれは自分で、力仕事が嫌だからこその意見だ。 
 最終的に部屋をそれとなく片付ける事にして一先ずリビングに戻る、で三人の意見が合致した。榊は勇人を気にしながらもその後に続く。

「ゆっくりお茶でも飲みながら色々聞かせてくださいね、榊さん」

 有無を言わせない迫力が何故かやんわりとした美弥子から感じられた。
 元々ここへ来たのは榊家で何が起き、勇人の身体にどんな異変があったのかを説明に来たのだから拒みはしない。

 返答如何によっては分かってるだろうなと言わんばかりの気迫が多少怖いと思っただけだ。

「主人がいなくて良かったかもしれない。あんな部屋が荒らされて七海も目を覚まさないなんて、あの人怒り狂って手がつけられなくなりそう」
「書斎の二の舞間違いなし」
「七海の部屋だけで済めばめっけものよね」

 一体どんな野蛮な人間だ。未だ会った事のない藤岡家の主の榊の想像は粗野で山のような大男になりつつある。

「ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。お部屋の件も勿論こちらで面倒を見させていただきますので」
「いやだ、そんなつもりで言ったのではないんですよ……」

 昌也はよくも心にも無い謙虚な台詞をこうも堂々と吐けるものだと関心する。母の演技力は実力派の女優並みだと七海が言っていたのを思い出す。なるほどなと納得だ。

「はい、四百円でーす」

 朝陽がトレイにお茶を乗せて持ってきた。テーブルに置きながら使い古されたギャグを真顔で言う。類稀なる美貌と言動のちぐはぐさに榊は未だ戸惑う。

「ええと……、じゃあ私の知っている総てをお話しするのをお代にさせてもらおうかな」
 




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