翌日の昼前、藤岡家のチャイムが鳴り響いた。「はいはいはーい」と美弥子は小走りに玄関へ行くと、相手を確認もせずにドアを開けた。

「お待ちしておりました」

 予想通りの相手をにっこりと笑顔で迎え入れる。扉の向こうにいたのは榊だった。
 事前に来ると知らされていたのだ。

「もっと早くにご挨拶に伺おうと思っていたのですが……」
「いいえ、こちらこそお忙しい中わざわざお出でくださって恐縮です」

 七海が見れば口をヘの字に曲げそうなくらいの余所行き顔と声だが、今は見咎める者はいない。
 リビングにいた朝陽が挨拶をすると、榊は一瞬目を見張ったが直ぐに平静さを取り戻すと型の綺麗な挨拶を返した。悪くない反応だと朝陽が内心ほくそ笑んだ事に彼は気付いただろうか。

「勇人の様子はどうですか」
「ご心配なさるような事は一つもありませんよ。発作もしておりませんし、七海と仲良くしてもらって。今も勇人くんならずっと居てもらってもいいわねって話をしてた所なんです」

 正確に言えば「勇人くんなら居てもらっても全然構わないし、お金も入ってくるしで濡れ手に粟状態よね」だ。
 朝陽も勿論頷くだけで訂正したりしない。勇人のことをイケメンだと騒いでいたわりに、二人は損得勘定という現実的な思考により動いている。

 さすが普段から「この世の中の九割方の事象はお金が解決してくれるんだもの。大切なものはたくさん持ってるに越した事はないでしょ」と七海に言い聞かせているだけの事はある。

「あらでも、勇人くんまだ起きてこないわね」

 時計を見ればいつもはもうリビングで七海が洗濯物を干しているのを眺めている頃だ。その七海もまだ二階から下りてきていない。
 三人は顔を見合わせた。

「この家でこそこそエロい事出来ると思うなよ!」

 朝陽の言葉は何を考えたのかを如実に伝えている。
 二人がそれに対して何も返さなかったのは頭に思い浮かんだ映像が大差なかったからだ。

 今まで大人しくしていたというのに咄嗟に地を出してしまった朝陽だが、榊の反応を一切気にせず駆け出した。それどころではない。

「私達も行きましょうか、一応」と美弥子も悠然とした態度で榊を促した。

 美弥子が階段に差し掛かったあたりで先に七海の部屋に到達した朝陽の悲鳴が木霊した。

「なぁに、朝ちゃんノックもせずに開けちゃったわけ?」

 やあねぇはしたない。別段急ぐでもなく階段を上がりきり、すぐ手前の七海の部屋の前に立つ朝陽の傍に立つ。

 中の様子に榊と美弥子も言葉を失くした。
 外と内の区別がなくなった窓、床一面に散りばめられたガラスの破片、台風が過ぎ去った後のように棚の上に置かれていた小物達はなぎ倒されている。

「一体何したの! どんなプレイ!?」
「朝陽! もう少しオブラートに包みなさい、榊さんの前なんだから」
「お気になさらず。と言いますか、違うんじゃないでしょうか」

 何の話をしているのかは、主語がなくても通じている。榊はガラスを気にしながら部屋に入り、ベッドに横たわる七海達に近づいた。



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