「お前男の事なんも解ってないな」
「あんたは女の扱いがなってないわね」

 負けてたまるかと咄嗟に言い返してきた七海にクツリと喉を鳴らした。

「七海とは一度ちょっと話し合った方がいいか? 優しさ以外の半分が何で出来てんのかもまだ教えてもらってないしなぁ」

 昌也と美弥子が抑止力になっていて鳴りを潜めていた勇人の本性がひょこりと顔を覗かせている。これは完全に七海が下に見られているからで。悔しいが仕方ないと思うし、そんなことよりも今は一秒でも早く逃れたい。必死で上体を退いても服を掴まれているのだから限界がある。熱射の中だというのに冷や汗が頬を伝った。

「ゆ、ゆう……」

 取り敢えず何に対してか知らないが謝ってしまおう。そんな打算的な考えから口を開いた瞬間、ガツンと硬質のものがぶつかる音がした。お尻に届いた振動は七海の背後から。そして勇人も七海を越えた後ろを見たまま固まっている。

「なに庭先でキモい事やってくれてんのよ、うざい」

 本人達には意外と気付きにくいものだが、それは七海ととてもよく似た声だった。電話越しでなら判別が難しいくらいに。けれど七海よりも大人びた落ち着きがあり、口調と吐き出される言葉は数段冷徹である声の持ち主こそ、姉の朝陽だ。

 因みに先ほどの振動は、朝陽がウッドデッキを蹴り付けた事による。

「お姉ちゃんお帰り」
「ただいま。つーかこのクソ暑い中何やってんの? 見事熱中症なったら腹抱えて笑ってやるわよ。んで、そっち誰」

 朝陽の方からはちゃんと勇人が見えないらしく、顔を傾けた。自然と勇人の背筋が伸びる。今この瞬間も目が合っているのだろうと思われる。確信が持てないのは、朝陽が顔の半分を覆ってしまうほど大きなサングラスを装着しているせいで、いまいち相手の目が見えないからだ。

 明るい栗色の髪は、前は眉のあたりで綺麗に切りそろえられていて、横と後ろは腰に届きそうなほどに長い。サングラスを掛けていてもそのほっそりとした輪郭と通った鼻筋が美人である事を隠しきれていない。
 服は上下共に黒で統一され、しかも長袖のカーディガンを羽織っているにも拘らず汗一つ流さず暑苦しさも感じさせないその姿は、端麗と言うよりも「どこの組の姐さんですか」と尋ねたくなるような妖しさを備えている。

 雰囲気がありすぎて、堅気とは思えないのだ。
 勇人が圧倒されてしまうのも頷ける。七海とて生まれた頃より同じ屋根の下育った姉妹でなければ、似たような反応をしていただろう。街中ですれ違ったのなら「あの人怖ぇ」などという感想を漏らしたに違いない。
 だが見慣れている七海はと言えば

「こんなに芝生が似合わない人っているのか」

 と妙なところで感心しきりだ。
 喪服でもないのに全身黒ずくめで、折れそうなほど細く足裏のほとんどが持ち上げられるほど高いヒールのサンダル。極め付けがサングラスとくれば、洗濯物が風にそよいでいる家の、さほど広くもない庭が似合わない事と言ったらない。

「七海のお友達?」
「そんな感じ」

 若干声が高くなっただろうか。目敏く違いを聞き分けた七海は素っ気無く返した。これからの展開が予想できた。

「あんた今までどこに隠してたのよ、こんな友達」
「知り合ったの三日前だから」
「三日!? じゃあその日のうちに携帯で写真送ってくるとか。そしたら即行でこっち帰ってきてたのにー」
「そうですか。あ、因みに榊勇人ね」
「榊? ……あの榊?」

 やはり朝陽も七海のときと同じ反応で、即座に言い当てた。
 声は出さず縦に頭を振った勇人に、朝陽は顔を綻ばせた。と言っても口元しか見えないのだが。



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