▼最も強かで




 開け放たれた掃き出しの窓から吹きぬける風にカーテンが揺れる。遮断されていたはずの太陽光は動いたカーテンの隙間も目敏く見つけては入り込んでくる。
 あんたは前へ前へがモットーの芸人か。

 七海はうんざりする晴天に溜め息を吐き、しゃ、とカーテンを全開にする。もう片方の手に持たれた洗濯カゴの中には水に濡れ重量の増した衣類達。リビングから外に出ればすぐそこに物干し竿がある。

 何故七海が家事の手伝いをしているのかと言えば自主的に動いたのではなく、美弥子に散々嫌味を言われた末、手伝いをせざるを得なくなったというわけだ。
 ちらりと見やれば、勇人は興味があまりなさそうな顔で高校野球をぼんやりと眺めていた。

 サンダルをつっかける。これだけの天気なら昼には乾くだろうと早くも取り入れるときの事を考えながら干していく。二階の開け放たれた窓から微かに掃除機の音が聞こえてくるのは、姉の部屋を再度美弥子が急ピッチで掃除しているからだろう。

 向けられる視線に気付いたのは、ほぼカゴの中がなくなってから。

「何? あんま見られたら恥ずかしいんだけど」

 父親の物とはいえ男物の下着を持っているところをまじまじと観察されるのは、あまりいい気がしない。
 ウッドデッキにしゃがみ込んで七海を見詰める勇人はそれでもやめなかった。「なんなの」と小さく零す。
 
「あんたさ、キャラ違いすぎ」

 足元にカゴを置いた七海は勇人の隣に座る。最初はふざけていても油断すれば喉元に喰らいついてきそうな獰猛さが見え隠れする威勢の良さがあったというのに、今では縁側で日向ぼっこが板についた老人のようにぼんやりとしている。

 指摘されて勇人はそっぽを向いた。即反論してくると踏んでいた七海はそのリアクションの差におやと目を見張った。これはもしかして、もしかするんじゃないだろうか。好奇心を抑え切れず勇人の肩を掴んで顔を覗き込んだ。

「あっはははは!」

 赤くなっている勇人の顔を見た途端に、自制も出来ぬ間に笑い声を上げた。指を差して。
 勇人はこの家に来てからというもの自分の態度がおかしいという自覚があり、それをまんまと指摘されたのが悔しくて恥ずかしい。

 一向に笑いが引っ込まない七海に段々と不機嫌さを顕にしていく。それに気付いた七海は取ってつけたように「ごめんごめん」と謝りながらも肩を震わせ続けた。急に引っ込むものではない。
 
「べつに、馬鹿にしてるんじゃないから、全然。ぜんっぜんそんな、つもりは。可愛いとこあるんじゃんって思っただけで」
「それのどこが馬鹿にしてないんだ」

 年下の、しかも女の七海に言われるなど勇人にとっては侮辱されているに等しい。

「元はと言えばお前等家族のせいだろうが!」

 勇人にとって藤岡家の面々は尋常ではなかった。会話だけを取ってみても一切勇人の入る余地のないスピードでどんどんと展開していき、一言も発せないまま行動を決定されてしまう。これらは全部美弥子の独断だが、後の三人も驚きはしても実にすんなりと受け入れた。

 そして何より質問がない。不法侵入してきても夕食に同席しても、狐に襲われても娘が気絶して帰ってきても。朝リビングを独占していても、誰も彼も一切何も訊いて来ないのだ。
 こいつ等の頭はどうなってんだ。
 自分は棚に上げて何度そう思った事か。勇人がこの家族に色々と迷惑を掛けているというのに。尋ねられても応え難いくせに、放っておかれても居心地が悪く感じてしまう。
 
 黙ったままここに居座ってもいいのだろうかなんて、柄にも無く思った。

「何時まで笑ってる気だ!」

 勇人とは逆側に身体を捻り、デッキに突っ伏している七海がまだツボにはまったままだというのは一目瞭然。

「七海」
「はいはい……、と」

 笑いすぎて目尻に溜まった涙をふき取りながら起き上がると、夏の暑さを吹き飛ばすような冷たい眼差しの勇人に出くわし頬を引きつらせた。
 相手が大人しくなっていたからと、つい調子に乗りすぎたようだ。

「だからっ! 拗ねるなんて可愛……」

 ズイと勇人の顔が近くなって息を止めた。勇人が寄って来たのではなく、乱暴に七海のシャツの胸元を掴んで引き寄せられたからだ。



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