▼朝露と共に



 夢を見た。漠然とだがこれは夢なのだと自覚する自分がいた。
 
 七海の家の和室より大きな畳が敷き詰められた部屋を壁際までゆるゆると歩いている。しゅ、しゅ、と独特の布擦れする音だけが響いた。少し下を向くと普段着る機会などない和服に身を包んでいる。
 端まで辿り着くと窓の障子をゆっくりと横へ滑らせた。

 円く区切られた窓から見えるのは満天の星と、これまた見事な円を描く満月。
 そっと手を翳した。その手もまた七海のものより一回りは大きく骨ばっている。明らかに男のものだ。どうも他の誰かになりきっているらしい。

 夢ならばそんな事もあるだろう。鷹揚に考え特に気には留めなかった。

「なあ、本当に自由が必要なのは肉体か魂か。どっちだと思う?」

 口をついて出たそれが、やはりこれが夢で自身のものではない事を示していた。七海がこれっぽっちも考えた例のない問いだ。哲学的だとでも言おうか。苦手な分野である事には違いない。

 月から目を離し、振り向いた先にもう一人誰かがいた。同じように着物を着ている。誰か、としか言いようがないのは顔を確認する前に覚醒してしまったから。

 びくりと身体が反って七海は現に引き戻された。目だけを忙しく動かしここがどこかを把握する。自分の部屋だとすぐに気付いて安堵した。





 それにしても何だったのだろうさっきのは。
 ただの夢として片付けるにはリアルだ。あの部屋は見覚えがあった。

 庵だ。勇人が隔離されていた、竹林の奥に隠された寂れた庵。ならばあれは勇人だったのかと言われれば、声も仕草も言も勇人らしくなかった気がする。が、追求するにはあまりに不可思議で。七海はすぐに考えるのをやめた。

 汗でべたつく体が気持ち悪い。一度そう思い始めると寝転んでいられなくなる。そうだシャワーを浴びよう。

 思い立てばじっとしていられなくなり、ベッドから降りようとして初めて自分の片手が自由でないのだと分かった。

「……器用ね」

 七海の右の手の平に己の額を押し付けて、ベッドに突っ伏す型で寝こけている勇人に思わず呟く。苦しくないのだろうか。息はどうやってしているんだ。色々な角度から観察した。というか、本当に寝ているのかどうかも疑わしい。

「ゆーとー」

 つんつんと、勇人のつむじを爪で刺す。二、三度繰り返したところで勇人の手が円盤のように不規則な動きで宙を移動し、七海の手を掴んだ。
 上げた顔はぼんやりとしていて寝ぼけ眼。焦点が合っていなさそうだ。

「勇人、手……」

 頭は覚醒していないというのに、手にかかってくる握力は強い。
 離してくれともう片方の手で勇人のそれを叩いた。

「い、たい」

 咄嗟に力を加減しながらも勇人は繋いだ手を解かなかった。自分より一回り以上も小さく細い七海は、ほんの少しの負荷で壊れてしまう。

 やっと逢えたのに。こうして体温を感じられるのに。

「脆いな……」

 少しでも気を抜けば勇人が壊しそうだ。初めから怖じもせず勇人の手を取った七海は己を許容しうる人間で。何をしても許されると思っているわけではないが、甘えは無意識に乱暴な行動という形を持って出てきた。
 他ならぬ勇人が七海を消そうとしてしまった。
 
 それだけはしたくない。

「勇人?」

 押し黙ったまま繋がった手を睨む勇人に首を傾げる。
 七海は振り解かない。彼女は許さないと言った。
 それなのにその舌の根も乾かぬうちに勇人と打ち解けると宣言してのけたのだ。意味が分からない。
 


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