指差した先にいる狐は七海が既知しているものとは異なる。襲ってきた方の毛は銀、もう一方は赤銅だ。こんなの見た事ないと興奮を隠せない七海と違い、落ち着きを払っている彼ならば知っているのではないか。

 けれども、そんな事よりも、やっと目に入ってきた周囲の異変に気を取られた。
 夜独特の濃紺の闇に包まれていたはずの辺りは、まるで色を失ったかのような灰一色。街頭の明かりはおろか、コンビニエンスストアさえも光を放っていない。
 
 一瞬、自分の色彩感覚が失われたのではないかと錯覚に陥った。しかし隣にいる勇人も、こちらを威嚇してくる狐達も七海が認識していたものと何ら変わりない。情景のみがグレースケールになっている。
 それだけではない。七海達以外に人はおらず、ひっきりなしに通っていたはずの車も今は一台だって走っていない。無音が続く。

「なんなの?」

 七海の声だけがやけに大きく響いた。七海の不安に触発されたのか、再度狐が駆け出し襲い掛かってきた。
 大きく跳躍した狐は真っ直ぐ勇人に噛み付きに掛かった。寸でのところで避けた勇人は脚を回転させ狐が着地する前に腹にめり込ませた。甲高い悲鳴に七海は耳を塞ぐ。

 壁に叩きつけられるのと入れ違いにもう一匹が背後から勇人に近づいたが、難なくその首元を掴み同じように放り投げた。

「す……すごい……」

 アクション映画のワンシーンを思わせる勇人の機敏な動きに七海は呆けながら呟く。
 足から力が抜けへなへなと座り込んでしまった。
 勇人は倒れこんだ狐の元まで行くと一匹を掴み上げ、顔を近づけた。

「簡単に使われやがって阿呆が」

 貶せば言葉が分かったかのようなタイミングで狐は唸った。暴れ出し勇人の顔を噛みそうな勢いだ。

「誰が主人かも分からなくなったか? また一から教育し直した方が良さそうだな」

 勇人は狐を掴んでいた手を離すと、拳を作り振り下ろそうとした。
 だが自分の意思とは関係なく宙で止まった腕を鬱陶しそうに見れば、予想通り七海がしがみ付いている。

「ダメ! 動物虐待! ……可哀相だよ」
「可哀相? 言っとくけどな、これはお前の事本気で殺そうとしてたぞ」
「そ……かもしれないけど」

 勇人の腕を拘束を解こうとせず、七海は狐に目をやる。
 既に臨戦状態に構えている二匹に怯むも駄目だと首を横に振った。生々しい事件の目撃者になるなどご免だ。ましてその犯人が同居人だなんて。

 勇人が反論しようと口を開いたとき空気が一変した。ずしりと肩に圧し掛かる。狐達は身体を萎縮させた。何事かと周囲を見渡す七海とは違い、勇人は黙ったまま一点を凝視していた。自然と七海も視線を辿る。四角いコンビニの建物の、店のロゴが掲げられているその上。灰がかった世界に溶ける体とは対照的に瞳だけが怪しげな光を纏い、ぎょろりと七海達を見下ろしているものがいた。
 浮かび上がるシルエットが、目の前にいるキツネと酷似している。



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