鍵


【Lord Voldemort side】

全ては、ちょっとした気まぐれだった。

騎士団の尋問に着いてこさせたのは、アカリに慣れさせるため。
此処に身を置く以上、あのような場には嫌でも遭遇する。早いうちに慣れさせておいた方が良いと判断した。

…………その結果、一人彼奴に殺させることになるとは思わなかったものだが。

正直想定外だった。騎士団の中では無駄に正義感の強い馬鹿が多いのは知っていたが、ああもしつこい輩はそういない。馴れ馴れしくアカリの名を呼び、改心させようと必死になるあの姿は滑稽でしかなかった。
しかし、男の言動。あの言葉を聞いたアカリが何か変な気を起こしては面倒だと一瞬思ったものの、彼奴から出た言葉は、少しばかり私を驚かせた。

自分の居場所は、ここなのだと。そうはっきり言い放ったアカリは、どこか覚悟を決めたような、そんな意志の強さを秘めた声をしていて。いつもへらへらと笑い真意が掴めないアカリにしては珍しいものだと、あの時そう思ったものだ。

普通の人間は、自らの手で人を殺した時、泣き叫ぶなり発狂するなりと何かしら騒がしいリアクションを取る。
しかし、アカリは震えこそしていたものの、特に目立った反応はなく。
それどころか『呆気なかった』とまで言いのける始末だ。流石の私も、あれには笑わざるを得なかった。

その後、彼奴が見せた弱み。
前から何かを悩んでいるような、そしてそれを無いものとして扱っているような気配はしていた。それが、自分の存在意義に対するものだとは。
私は、一度何かを手に入れるとそれを手放そうという気には到底ならない。壊れたり狂ったりすれば話は別だが、そう易々と手放したりするものか。
それが物であろうと人であろうと変わらない。それを伝えただけだというのに、あの時酷く安心したような、泣きそうな顔をして見せたアカリに言い知れぬ何かが込み上げた。

その込み上げた欲と熱を制することなく、本能のままに従ったのは、何故だったのか。自分でもわからない。その場に立ち込める薔薇の芳香に、酔わされたのだろう。そうとしか説明ができない。

あれからというもの、アカリは何故か私の部屋に入り浸るようになった。朝から夜まで、ずっと部屋のソファに座り、読書をしたり何なりと時間を潰している。私の留守中も部屋にいるらしい。
彼奴の考えていることはわからないが、お互い無干渉のまま仕事に勤しんでいると時折視線を感じることがある。しかし特に関わって来ようとしない。
理解出来ないながらも、気まぐれでこっちから干渉してみると彼奴は嬉しそうな笑みを浮かべる。よくチープな小説なんかで花がほころぶようだ、という表現が使われることがあるが、それが一番しっくりくる表現だと、ふと思ったものだ。

その笑顔が、何故か頭に残る。
思わず声をかけたり髪に触れたりすると、アカリは頬を赤く染め、嬉しそうに笑うのだ。そして、理解の及ばない熱と欲が再び湧き上がる。何故かその熱に抗おうとしない自分が理解出来ず、今では考えるのを放棄してしまっている。それが一番賢明だと、無意識のうちに悟っているのかもしれない。

厄介なことになったものだと、そう思いつつも内心満足している自分がいた。理解出来ないことを何よりも嫌っていたというのに、私はこの欲の名前を知らずにいる。そのままでいいのだと、本能が告げていた。

あの時、微かに聞こえたアカリの呟きを、そしてこの熱を心の奥深くへと仕舞い込み、鍵を掛ける。
そうして、闇の帝王たるヴォルデモート卿は力を振るい続けるのだ。

***

あれからというもの、わたしはヴォルデモート卿の部屋に入り浸っていた。

自分でもハッキリとした理由はわからないが、何故か彼の側にいたかった。
朝起きてヴォルデモート卿の部屋へ行き、夜寝る前に自室に戻る。仕事に勤しむ彼の邪魔をしないようこっそりその姿を眺めるのが、とても幸せだった。少しするとヴォルデモート卿から声をかけられたりするようになり、内心とても嬉しかったものだ。
ヴォルデモート卿の留守中でも、彼の雰囲気を感じる部屋にいることで、心が満たされる。吹っ切れた、とでも言うべきなのか、自分の望みを見つけ少しばかり積極的になったという自覚はある。

お互い無干渉のまま仕事や読書に勤しんだり、言葉少なに紅茶を飲んだり、時折気まぐれのように口付けられたり寝室に引き摺り込まれたりと、この生活が定着していた。

あの時の呟きは、きっと届かなかったのだろう。今はそれでいい。そっと仕舞い込んで、鍵を掛けてしまおう。来る時が来たら、もう一度彼に伝えるために。

***

「アカリ」

食後のお茶を楽しんでいた午後20時。どこへ行っていたのかは知らないが、夜になり帰宅したヴォルデモート卿は部屋に入るとアカリの名を呼んだ。

「はい?」
「今から、騎士団のメンバーが集う隠れ家へと襲撃に向かう」

外行きのローブを脱ぎながらヴォルデモート卿が淡々と口にした言葉は、アカリに少しばかりの衝撃を与えた。
はい、と相槌を打つアカリは何の話だろうと思いながらも、ついに来てしまったと、この後続く言葉を予想する。

「お前も同行しろ」

その短い一言に、驚きつつもああやっぱり、と心の中で声を上げる。
先日初めて人を殺してから、色々と先のことを考えて。きっとこの時が近々来るのだろうと、予想していたのだ。

「はい」

そう、予想していたからこそ、アカリは即答した。
襲撃に行く、ということは戦闘になるということだ。自分の命を賭けて闘うなんて、まだ実感が湧かないけれど。それでも、彼のためになるのであれば何でもしよう。それに、この先戦闘技術を学んでおいた方がいいという理由もある。

「…………そうか」

即答したアカリを一瞬見やったヴォルデモート卿はすぐに目を逸らすと、アカリの隣に腰を下ろした。

「そうなると戦闘技術が心配だが………今回は相手の人数が少ない上に私も同行する。問題はないだろう」
「足手まといにならないよう、頑張ります」
「ああ。だが、やはり少しは技術を覚えさせるべきか…………」
「あ、そのことなんですけど」

顎に手を当て考え出したヴォルデモート卿の思考を遮るように、アカリは声を上げる。横目でアカリを見たヴォルデモート卿は手を離すとそのまま優雅に腕を組んだ。

「わたし、無言呪文使えるようになったんです」
「……………やってみろ」

アカリが少しだけ自慢するようにそう言うと、ヴォルデモート卿は興味深そうにアカリを促す。
促されるまま、アカリはパチンと指を鳴らした。
するとそのスナップ音と共に、ヴォルデモート卿の前に紅茶のカップが一つ現れる。

「どうですか?」
「…………どうやって覚えた?」
「えーと、…………実はベラトリックスさんと死闘を繰り広げまして」

きっかけを尋ねられ、アカリは少しばかり視線を泳がしつつそう答えた。ヴォルデモート卿は現れたカップを観察するように凝視している。

「ベラトリックスと?」
「あの人とはソリが合わないみたいで」
「……………そうか」

ヴォルデモート卿は手を伸ばし、目の前のカップを手に取る。紅茶を一口啜ると、普通だな、と零しながらソーサーに置いた。

「となると、そこまで過敏になることもないな」
「まあでも戦闘経験はほぼ無いので、なるべく大人しくしてますね」
「だからと言って一切杖を振らずに済むことはない。覚悟はしておくことだ」
「はい」

ヴォルデモート卿は卓上の時計に目をやる。そして徐ろに立ち上がると、杖を一振りし何も無い空間から黒いローブを取り出す。それを手渡されたアカリは彼の意図を理解し頭から被った。

「フードは深く被っておけ。万が一顔を覚えられたまま生き延びられては面倒だ」
「はい」

アカリのサイズより少し大きいローブのフードを言われた通り目深く被る。視界が狭まり不安になるが歩けないほどではない。
アカリの格好を見たヴォルデモート卿はスタスタと廊下へ出た。アカリも後に続き、足元を見ながらどこかへと向かうヴォルデモート卿の後ろ姿を追う。
玄関ホールに着くと、その場には既に何人もの死喰い人が待っていた。皆一様に黒いローブを纏っている。
ヴォルデモート卿がその場に現れると、死喰い人は一斉に頭を下げ一歩退いた。そしてちらちらとヴォルデモート卿の隣に立つアカリに視線を移している。
その中の一人、皆フードを深く被っているため顔は見えないが金の腕輪をしている男の右手首に刺青が彫られているのを見て、アカリはぱちりと瞬いた。
ご丁寧にLord Voldemortと彫られている彼は、きっと熱狂的な信者なのだろう。そういえば、彼以外に装飾品を着けている者は一人もいない。

「それでは行くぞ」

ヴォルデモート卿がそう言うと、目の前の扉が重い音を立てながらゆっくりと開いた。ヴォルデモート卿を先頭に、黒の集団は宵闇が迫る外へと出て行く。暫く歩き門の外まで来ると、ヴォルデモート卿は隣のアカリを引き寄せた。

「舌は噛むなよ」
「はい」

言われた通りに唇を引き結ぶ。それと同時に、視界がぐにゃりと歪んだ。
次に足の裏で地面を感じた時、アカリは見知らぬ家の前に立っていた。
ヴォルデモート卿の腕から解放されたアカリは周りをキョロキョロと見渡す。どうやらどこかの村のようだ。既に空は暗く、辺りも薄っすらとしか見えない。

軽い破裂音のあと、死喰い人たちが姿を現す。
その中の一人にヴォルデモート卿が目配せすると、その男は些か緊張の面持ちで家の扉の前まで進み出る。男に続き、何人かの死喰い人が杖を手に並ぶのを確認し、男は杖を振り上げた。

「コンフリンゴ!」

酷い爆音が辺りに響く。その煩さに思わず耳を塞いだアカリは、死喰い人たちが群れを成して木っ端微塵になった扉を突破するのが見えた。
ヴォルデモート卿は死喰い人が全員家の中へ入ったあと、アカリを従え進み出る。
アカリはヴォルデモート卿の半歩後ろに着き、木片と化した扉を跨いだ。
中は普通の家であったのだろうが、今では既に戦場となってしまっている。
中から出てきた一人の男に、死喰い人が杖を振る。それを盾の呪文で防ぐと、男は声を張り上げ呪文を放った。

上の階からも、同じような怒声や爆音、そして悲鳴が聞こえてくる。戦闘中の死喰い人や不死鳥の騎士団員らしき男を横目に、ヴォルデモート卿は家の奥へと進む。時折飛んでくる呪文を杖で防ぎながら、アカリはヴォルデモート卿の後ろ姿を追った。

「貴様、何者だ!死喰い人か!?」

その時、奥の部屋から一人の男が躍り出た。男はヴォルデモート卿の姿を目にし、次いでアカリに視線を移した。
アカリは無意識にフードの縁を引っ張り、顔を見せないようにするも体型から子供だということがわかったのだろう。男は驚いたように目を見開いた。

「私か?私は、闇の帝王−−−ヴォルデモート卿だ」

そう不敵に笑ったヴォルデモート卿は、素早く杖を振る。その緑の光線を慌てて防ごうと男は盾を展開するが、緑の光線は半透明の盾をすり抜け、鋭く男の身体を貫いた。
崩れ落ちた男をちらとも見ず、ヴォルデモート卿は奥へと進む。アカリは彼を追いながら男の死体の横を通った。横目で死体を見ても、やはり呆気ないものだなとしか思えなかった。

奥の部屋へ入ると、そこは大きめのリビングのようだが、今では悲惨な有様だ。
壁は鋭利な刃物で引き裂かれたようにベロリと壁紙が剥がれ、煤や血痕と思われる赤い染みが飛び散っている。大きなテーブルは足が折れ傾いているうえに、椅子は既に木片と化していた。
一目で戦闘が起きたのだろうとわかる部屋を見渡し、ヴォルデモート卿は微かに笑いを零した。

「………下手な小細工だな」

そう呟くと、杖を振り奥に掛けられた絵画を引き裂く。すると、引き裂かれた絵の向こう側に一つの扉らしきものが見えた。

「ここ、まだ死喰い人来てないですよね」
「ああ。咄嗟に隠れたのだろうが………お粗末なものだ」

この部屋に来る前に、二人は何人かの死喰い人たちを追い越した。二人よりも先に死喰い人がこの部屋に来たとは思えないし、夥しい傷の割には血痕が少ない。決定的なのは、死体が一つもないということだ。

絵画を取り外すと扉の全体が出てくる。少し離れたところから杖を振ると、爆音と共に扉は粉砕した。土煙の中、視界が開けるまでその場で立ち止まっていると、突然扉の中から何人もの人が杖を手に躍り出てきた。隠れていた騎士団員なのだろう。ざっと10人ほどいる騎士団員の中には女性の姿も見受けられる。

「お前がヴォルデモート卿か!」
「この私の名を呼ぶとは………勇敢なのか愚かなのか」
「黙れ!俺らの仲間を殺してやがって………!」

目を吊り上げそう捲したてる男は、杖を真っ直ぐヴォルデモート卿に突きつけている。
杖を手にしていたアカリは、息が詰まるほどの緊張感の中ざっと周りを見渡す。周りの騎士団員全員、睨みつけながら杖を手にいつでも攻撃が出来るよう戦闘体制に入っているのを確認し、アカリは少しだけヴォルデモート卿に近づいた。

「今杖を下せば、楽に殺してやろう」
「ふざけないで!お前は、ここで私たちが倒すわ!」
「後悔をしても遅いぞ?」
「ステューピファイ!」

ヴォルデモート卿が微かな笑みを唇に浮かべた瞬間、一人の男が呪文を放った。それを楽々と杖の一振りで薙ぐと、周りの騎士団員がそれぞれ魔法を放っていく。

「……………アカリ」
「っと、なんですか?」

盾の呪文を展開し、光線を防いでいたアカリはヴォルデモート卿に名を呼ばれちらりとその顔を見上げる。彼はこちらを見ておらず、騎士団員たちに顔を向けたまま小さな声を零した。

「お前の力を、見せてみろ」
「…………はい!」

その呟きに、アカリはぐっと杖を握る手に力を込める。赤い光線を弾いたのを皮切りに盾を解除するとアカリは真正面にいた男に杖を向ける。鋭い青の光線が胸を貫くと、男は声を上げる間もなく一瞬で岩と化した。その様子を見た隣の長髪の男が、岩と化した男のものであろう名を叫ぶとアカリを鋭く睨みつける。

「この………っ、インカーセラス!」

男の杖から、太いロープが飛び出てくる。一瞬、アカリの心に迷いが生まれ、その隙をつきロープが鋭く襲いかかってきた。
迫り来るロープになす術も無くただ目を見開いたアカリに触れる瞬間、ロープは突然轟々と音を立てて燃え上がる。ハッと後ろを振り向くと指先を向け微かに眉を寄せたヴォルデモート卿と目があった。

「隙を見せるな、死にたいのか」
「ご、ごめんなさい」

そんなことを喋っている間にも、四方八方から呪文が飛んでくる。アカリが捌き切れないものは全てヴォルデモート卿がカバーし、二人しかいないというのに互角、いや騎士団の方が押されていた。

「クソ、この女………ッ」

悔しそうに唇を噛んだ男、最初にヴォルデモート卿の名を吐き捨てた者だ。怒りに燃える瞳でアカリをギッと睨みつけると、鋭く杖を振り呪文を叫んだ。

「アバタケタブラ!」

男が放ったのは、緑の光線。忌み嫌われるはずの、死の呪文だ。その呪文に驚く間も無く、何処からか飛んできたテーブルが光線に当たり粉々に砕け散った。

「避けるか何かを盾にしろ、死の呪文に反対呪文は存在しない」

そう鋭く注意したヴォルデモート卿は杖を一振りし男に緑の光線を浴びせる。仰向けにひっくり返った男の名を叫んだ男たちは鋭い視線で二人を睨みつけ、次々に呪文を放った。無数の呪文の中には緑の光線も含まれていて、それを避けるべくアカリはヴォルデモート卿を真似、そこらの木片を盾にしていた。

「埒があかない」

そうぼそりと呟いたかと思えば、ヴォルデモート卿は杖を横に一振りした。すると男たちは一陣の風に薙ぎ払われ吹き飛ばされると轟音と共に壁にめり込む。

「アカリ」
「はい」

静かに名を呼ばれ、アカリは男たちに目を向けたまま返事をする。これから言われることに、アカリは予想がついていた。

「もう十分だ。殺せ」
「……………はい」

想像通りの台詞に、アカリはひくりと喉が引き攣った。しかしそれも一瞬のことで、すぐに頷くと杖を手に男たちの方へと構える。
微かな土煙の中、全身を強打し動きを鈍くした男たちはのろのろと顔を上げた。その視線の先には、自分たちに向け無慈悲に杖を向ける女が一人。眼前に突きつけられた死への恐怖に、彼らはざあっと顔から血の気を引かせた。

「あ、あ…………」
「アバタケタブラ」

アカリは一人の男に向けて呪文を放つ。一度痙攣し倒れた男を一瞥するとその真隣の男にも呪文を放ち、命を奪った。そうして何度目かの光線に貫かれ、男が一人既に冷たくなった死体へと崩れ落ちる。最後に残ったのは、この中で唯一存在した、女性だった。

「そんな、バラック………!」

そう叫んだ女性はたった今絶命した男の胸に崩れ落ち、ぼろぼろと涙を零す。

嗚呼、この二人は夫婦なのかもしれないと、アカリは思った。よく見ると二人の左手薬指には揃いの指輪が嵌められている。すっと目を細めたアカリは杖先を的確に女性へと定め、彼女を見据えていた。

「どうして、こんなことができるの…………!?貴女はまだ、子供なのに!」

涙で濡れた瞳をアカリへと向け、女性は真摯に問いかける。彼女はきっと、アカリが蛇姫だと知っている。アカリは微かに眉を寄せ、薄く口を開いた。

「貴女だって、その気になれば人くらい殺せるでしょう」
「それとこれとは話が違うわ!貴女の行為はただの殺戮、許されないことよ!」
「…………何が違うの?」

女性の言葉を聞いたアカリは片眉を上げ、心底不思議そうに問いかける。

「貴女たち騎士団がわたしを殺そうとしたことは、許されない行為ではないの?殺戮じゃないのなら、なに?」
「そ、れは…………」

それは、純粋な疑問だった。どちらも同じ人殺しだ。こちらが悪意100%を持って殺人に及んでいる分それが許されないことだというのはわかっている。しかし、騎士団の行為は決してそんなことはないのだと言う。同じ人殺しなのに、どうしてそうもハッキリと違うと言い切れるのか、ただただ疑問だった。

「私達は正義として貴女たち悪を裁くの、私達の行為は悪を滅するための正義なのよ!」
「………………悪を、裁く、正義」

女性の言葉をゆっくりと復唱し、噛み砕いて脳に回す。しかし、アカリにはやはり理解できなかった。

「わたしには、自分たちを正当化しようとしているようにしか聞こえない」
「そんなことない、貴女たちが悪なのは一目瞭然だもの!」
「でしょうね、それは否定しない。
だからと言って貴女たちの言う『悪』である同じ命を奪う行為を正義だと言い張れるその思考が理解できない」

まあいいけど、とため息混じりに呟いたアカリは杖を構え直す。再び恐怖に顔を引き攣らせた女性は顔を青くさせぶるぶると震え始めた。

「………い、いや、助けて、」
「…………アバタケタブラ」

女性のその生への懇願に、アカリは無慈悲に呪文を放つ。愛する男の亡骸に崩れ落ちた彼女を一瞥すると、何も言わずにヴォルデモート卿を見上げた。

「………………お前は」
「はい?」

ヴォルデモート卿はアカリを見下ろし、形容しがたい奇妙な表情をしていた。きょとんとしたアカリはヴォルデモート卿を見上げながら小首を傾げる。

「順応性が高すぎるな」
「………それって褒め言葉ですか?」
「そうだ」
「はあ、それはどうも」

感心したような、呆れたような、よくわからないため息を吐いたヴォルデモート卿は身体の向きを変え部屋から出る。そういえば家の中が大分静かになったようだ。
彼方此方に倒れている死体を踏まないように気をつけながらヴォルデモート卿のあとについていくと、辿り着いた玄関では死喰い人が待機していた。

「死んだ者は?」
「アシュビーとダグラスが」
「そうか。全員殺したな?」
「はい、間違いなく」
「では行くぞ」

その言葉を聞いて、アカリは死喰い人の数を数えた。ああ本当だ、二人足りない。ふとその中の一人に気づき、視線を移す。
右手に金の腕輪をしている男は、手首にヴォルデモート卿の名を彫っていた者だ。生きていたのか、と右手首に視線を移し、そこで動きを止めた。

手首に、刺青が、ない。

人違いかとも一瞬思ったが、それはない。彼以外に装飾品を着けていた者はいなかったし、あの腕輪は彼の物だ。間違いない。
彼の腕輪を付けた、別人。
その考えに至ったアカリは、咄嗟に声を上げていた。

「その人、死喰い人じゃない!」

そう大声を出したアカリに何事かと死喰い人たちが振り返る。アカリに指差された偽者は微かに狼狽えるも舌打ちを一つ、すぐさまフードを外し、懐から取り出した杖をアカリに向けた。
無言で放たれた赤い光線を弾いたアカリは右手を翳し、真っ直ぐに男を見据える。

「アバタケタブラ!」
「ぐっ…………!?」

アカリの掌から放たれた緑の光線に貫かれ、男は玄関の扉へと吹っ飛んだ。力が抜け扉を伝いずるずると崩れ落ちる男を無言で見ていたヴォルデモート卿は、杖を一振りし死体ごと扉を破壊した。土煙が上がる中を通り抜け外へと出るヴォルデモート卿のあとを追い、アカリは小走りで家から出る。何故か、心臓がバクバクと忙しなかった。

「よくわかったな」

隣に追いついたアカリを見下ろし、ヴォルデモート卿はそう呟いた。

「あの人、手首に刺青をしていたはずなのにさっきしてなかったんですよ」
「刺青………ああ、レインズか」
「腕輪は奪ったんでしょうけど、何で刺青を誤魔化したりしなかったんですかね?」
「そんなの決まっている」

く、と喉の奥で笑ったヴォルデモート卿はアカリの腰に腕を回す。
姿くらましか、と僅かに彼のローブを摘んだアカリはヴォルデモート卿を見上げた。

「大方、憎むべき者の名をその身に刻むなど、フェイクであれ許せなかったんだろう」

愚かだな、という微かな呟きを耳に、アカリの視界はぐにゃりと歪んだ。

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