紫紺の蠍


パチン、という破裂音が耳元で聞こえた瞬間、コンクリートではなく土の地面を踏みしめている感覚を足の裏で感じ、ぎゅっと瞑っていた瞼を開ける。
アカリたちは先ほどのマグルの街並ではない、一件の店のような建物の前に立っていた。

「はい、到着」
「大丈夫だったか?」
「は、はい」

突然のことに驚くも、体調に変化はない。今のは付き添い姿くらましだろうか。

「クローディアはいるかな」

段差を上ったイルバートはそう言いながら扉につけられたノッカーを手にすると、コンコン、と二度鳴らす。金属製の音が響き、辺りは静まり返った。

「まさか居留守?」
「だろうな」
「……………あの女、本当に苛つく」

機嫌の悪そうな声で悪態をついたイルバートは少し離れたところで様子を見ていた二人の元まで戻り、再び正面を向いた。

「今日という今日は強行突破と行きますか」
「…………あとが恐ろしいな」

イルバートは右腕を前に突き出し、掌を建物へと向ける。それを見て呆れたようにため息をついたアレクシスがアカリを引っ張り数歩後ろへ下がらせた。離れるな、と言われたアカリはとりあえず大人しく頷きアレクシスの隣に移動し数歩前にいるイルバートに視線を戻す。彼は、一体何をしようというのか。

当の本人は掌をかざし、扉に真っ直ぐ視線を向けるとゆっくりと口を開いた。

「《−−−焔よ、我が司りし紅蓮の炎よ。我が命に従い彼の物を破壊せよ》」

イルバートが流れるような詠唱を終えた瞬間、突き出していた腕から火が噴き出す。腕に絡みつくようにうねるそれはやがて渦巻く炎へと変わり、建物へと放たれた。
炎は建物に触れた瞬間爆発し、辺りに凄まじい轟音が響いた。
飛び散る破片や石の欠片はイルバートやアカリたちへと降り注いだが、アレクシスが指を鳴らすと薄い銀の膜が三人を覆い、怪我一つすることはなかった。
アレクシスにしがみつき瞼を閉じていたアカリが恐る恐る建物へと視線を向けてみると、ただ扉が粉々になっただけであんな爆発があったとは考えられないほど、他の場所は綺麗なままだった。

「派手にやったな………」

驚きのあまり絶句していると、イルバートが二人の元へとやって来る。
アレクシスにじっとりとした目で見られていることに気づいた彼はムスッとした表情で口を開いた。

「やっぱり防衛されてた。扉しか破壊できなかったんだけど」
「星の加護は健在ってことだな、まあお疲れ」
「あーもう少し破壊してやれるとおもったんだけどなあ」
「あ、あの、あんなことして大丈夫なんですか……?」

そう恐る恐る尋ねたアカリに答えようとイルバートが口を開いた瞬間、アレクシスが一歩前に出た。彼が詠唱を始めたのと同時にアカリがイルバートに腕を引かれ、アレクシスの真後ろへと引き込まれる。
何が何だかわからず声をあげようとしたその時、視界の端に何かが写った。

真上からうわあ、という酷く面倒くさそうな声が聞こえた瞬間、アカリははっきりとそれの輪郭を捉えた。

「ゆ、弓矢………!?」

風を切る鋭い音と共に、無数の弓矢が飛んでくる。それは雨のように三人の元へと降り注ぎ、アレクシスの張った薄い銀色の膜を割ろうとしていた。

「っく、おい、イルバート!」
「はいはい、わかってますよ」

膜の中心部に、ぴしり、とヒビが入ったのを見てアレクシスが切羽詰まったように叫ぶ。
イルバートが先ほどのアレクシスと同じ詠唱をした瞬間、アレクシスは術を解除し異国の言葉のような呪文を呟く。すると彼の足元に闇が這い寄り、六芒星を象った魔法円が描かれるとずるり、と闇が渦巻きその中へアレクシスが引きずり込まれていった。

「アレクさん………!?」

慌てて駆け寄るも、時既に遅し、とはよく言ったもので。闇が溶けるとそこにはもうアレクシスの姿はなかった。
目の前で繰り広げられる攻防戦も、目の前で消えたアレクシスの姿も。
何一つ脳内の処理が追いつかずにいたものの、苦戦しているようなイルバートの手助けになるようにと盾の呪文を展開する。幾重にも重ねたそれは、無数の弓矢にも何とか持ち堪えられるほどの強さとなっていた。
ひゅう、と口笛を吹いたイルバートは楽しそうに口角を上げ、アカリに向けた瞳をゆるりと細めた。

「アカリちゃんすごいね、ありがたいよ」
「イルさん、これ、どれくらい続くんですか………!?」
「攻撃専門のアレクが行ったから、あと少しだと思うよ。………アカリちゃんに助太刀してもらったし、ちょっとならいいよね、っと!」

イルバートは右手をかざしたまま、左腕を横に薙ぎはらう。すると一筋の炎が建物の方へと向かっていった。
イルバートが少し力を緩めたからだろうか、ガラスが割れるような破裂音が響き、盾の呪文が破られそうになる。
負けるものかと杖を握る手に力を込めると、弓矢の雨がふと止んだ。

「お、終わった………?」
「みたいだね」

あー疲れた、と術を解除し肩を回したイルバートは建物へと向かう。すっかり脱力してしまったアカリも彼のあとに続き、建物へ歩みを進めた。


「−−−ほんっとうに信じられない!」


粉々になった扉の破片を慎重に踏みしめて建物の中へと入ると、女性の怒声が響き渡る。
その怒声に驚いて足を止めると、前にいたイルバートが憂鬱そうにため息を吐いた。

「だいたい全ての発端はあの男でしょう!?何で私が責められないといけないのよ!」
「ああそうだな、全てお前の言う通りだ。あいつからは謝罪と土下座をしていただこう」
「ええそうよ、本当なら死んで償ってもらいたいところだわ!」
「怒ってる怒ってる………」

至極面倒くさそうなイルバートは、店の奥に立っていた人の元へと進み、そのあとにアカリも続く。アレクシスと共にいるその人は、美しい金髪を振り乱し苛々とした様子でアレクシスに詰め寄っていた。

「ああほら、全ての元凶のご登場だ」
「やあクローディア、今日も綺麗だね」
「死ね」
「おっと」

片手をあげたイルバートはにこやかにクローディアへ挨拶をする。しかし彼女は大きな瞳を吊り上げ睨みつけると指を突きつけ容赦なく緑の光線を向け放った。イルバートは咄嗟に避けたものの光線は窓に当たり破裂音と共にガラスを割る。

「っ危ないな、当たってたらどう責任取ってくれるの?」
「当たって死ねばよかったのにこのクズ」
「はあ?元はと言えばそっちが居留守使うのがいけないんだろ」
「だからって扉を爆破する馬鹿がどこにいるのよ!」

ぎゃいぎゃいと言い争いを始めてしまった二人を唖然として眺めていたアカリの元に、頭痛がするのかこめかみを揉みながらアレクシスが近づいてきた。

「どうしてこうなるんだか……」
「あの、これどうすれば」
「ああ、下手に口を挟まない方がいい」

噛みつかれるぞ、と疲れを滲ませながら言うアレクシスを心配そうに見るアカリだったが、最初よりもヒートアップしている二人が気になりアレクシスの隣で見守っていた。

「だいたいねえ、アレクシス、あんたが付いていながら−−−」

クローディアがギロリと睨みを利かせた視線をアレクシスに移した瞬間、彼女は瞳を見開いた。
驚愕したような様子だったのも一瞬のことで、すぐさまアレクシス−−−の横に立っていたアカリに猛烈な勢いで駆け寄りそのまま抱きついた。

「アカリ!」
「う、わっ!?」

慌てて抱きとめるも流石に自分よりも身長の高い女性を支えるのは難しく、
ぐらりと身体が傾き後ろへ倒れ込みそうになる。危ない、と咄嗟に目を瞑るも後ろからアレクシスが支えてくれたおかげで倒れ込むことはなかった。

「大丈夫か」
「は、はい」
「アカリ、元気?相変わらず可愛いわ………!」
「ぐえっ」

支えてくれたアレクシスにお礼を言うも、クローディアに思い切り抱きしめられ、息が詰まる。息苦しさにとんとんと肩を叩くとすぐに力が緩まり、両頬に手が添えられた。

「お、お久しぶりです、カエレスさん」
「ええ、久しぶりね」

ちゅ、と左頬に口づけられ解放される。口紅がついてしまったのか親指で口づけた場所を拭うとにっこりと微笑んだ。

「アカリがいるなら最初から言ってくれればいいのに。見苦しところを見せてしまったわね」
「本当だよ」
「あんたは黙ってなさい」

クローディアの背後から近づいてきたイルバートは思い切り睨みつけられると肩を竦め、ため息を吐いた。

「ため息をつきたいのはこっちなんだがな」
「はいはい、ごめんなさい」
「あんたのせいでアカリがいたっていうのに攻撃しちゃったじゃない」

怪我はない?大丈夫?と心配そうな瞳で見つめられたアカリは笑みを浮かべ頷く。先ほどの弓矢はやはりクローディアのものだったようだ。

「で、あんたらは何しに来たわけ?」
「アカリちゃんがワイン欲しいっていうから酒乱の元まで来たんだよ」
「イルバート頼むからもう余計なことは言わないでくれ」

挑発するようなイルバートの言葉に再度睨みを利かせ、またもや一触即発といった雰囲気の中、アレクシスが疲れ切った顔でイルバートの肩を叩く。

「ワイン?それならとっておきのがあるわ」

タイミングがいいわねとクローディアは瞬時に表情を変えて微笑み、次いで扉を直せとイルバートに言いつける。ムッとした表情を浮かべたイルバートだったがアレクシスに睨まれはいはい、と大人しく扉の修繕にかかった。

「ああ、防護の盾を張り直さないと」

面倒くさそうに髪を払うと、クローディアは左腕を伸ばす。手首に位置する華奢な腕輪がしゃらり、と音を鳴らした。

「我、星の加護を受けし者なり。神秘なる星々よ、我に力を分け与えたまえ」

その腕輪はよく見ると繊細な細工が施されたチャームが幾つも付いていて、とても美しいものだった。黄金のチャームの一つ一つに小さな宝石が嵌め込まれている。

「出でよ、黄道十二宮が一つ−−−『金牛宮』」

クローディアがそう言い放った瞬間、翳した掌の前に黄金の魔法陣が展開する。
陣の中から召喚されたのは、黄金に輝く牛。
黄金の牛はクローディアの周りをぐるりと駆け巡ると、壊れた扉から外へと飛び出す。その勢いのまま空へと飛び、弾け飛んだ。
キラキラと輝く飛散した黄金の粉は、やがて建物を覆う膜へと変化し、空気に溶けて見えなくなった。

「ん、こんなものかしらね」
「すごい…………」

思わず口に出てしまったアカリの感嘆の声に、クローディアはウインクを返す。

「伊達に星を司りし者と名乗っているだけあるでしょう?」

ふふ、と綺麗に笑って見せたクローディアはすっかり元通りになった扉を満足そうに眺め、いらっしゃいとアカリの手を引き店の奥へと向かった。
カーテンに仕切られた奥には水晶玉の乗った小さなテーブルと、二つのイスが置かれ、怪しげな雰囲気が漂っていた。

「そこは仕事場。こっちよ」

クローディアに連れられ、カーテンのさらに奥へと入る。そこには木製の扉がついていて、クローディアが前に立つと自然に扉が開き中へと入ることができた。

「ここに住んでいるの。店と繋がっているのよ」

座って、と部屋の中央にあるテーブルのイスを勧められ、その中の一つにありがたく座る。
クローディアがキッチンへ引っ込み、手持ち無沙汰になったアカリは女らしさがあちらこちらに散りばめられた室内を興味深そうにキョロキョロと眺めていると、イルバートとアレクシスも室内へ入ってきた。

「ああ、疲れた」
「それはこっちのセリフだ」

疲れ切った様子の二人はアカリの向かいにどっかりと座り込み、揃ってため息を吐いた。それに苦笑しているとふと辺りにいい匂いが漂い、お盆を手にしたクローディアが戻ってきた。

「美味しいお茶菓子もあるから待っていてね」

そう言ったクローディアがパチンと指を鳴らすとティーポットやカップがひとりでに動き始め、紅茶を注いでいった。その華麗な動きにわあ、と歓声を零すと向かいのアレクシスが俺はコーヒー派なんだがな、と小さな声で呟いた。

「はい、チョコレートよ。マグルの有名なお店のものなの」

箱を手に戻ってきたクローディアはテーブルの真ん中に置くと蓋を開けた。
中には色々なチョコレートが敷き詰められており、甘い匂いが鼻をくすぐった。

「これ、結構高級な店の?」
「十中八九貢物だろう」
「その通り、正解よ」

端のものを一粒手に取り、口に入れる。舌の上で優しく溶け、ふんわりと上品な甘さが口の中に広がった。その美味しさに思わず頬が緩む。ティーポットが紅茶を注ぎ、湯気の立つカップがアカリのもとまで浮遊しながらやってきた。それをそっと両手で包むと、カップは動かなくなった。

「それと、ワインだったわよね?」

そう問いかけられたアカリが頷くとクローディアは再度指を鳴らす。するとキッチンの奥からワインボトルとグラスが勢いよく飛んできた。ボトルとグラスはテーブルの上に着地し、クローディアはボトルのコルクを指先で軽く叩くとそれはスポンと簡単に抜け、グラスへ注がれた。
アカリは深い緋色の液体が揺れるグラスを差し出されしっかりと受け取る。四人が手にしたグラスを掲げ、乾杯、とお互いにぶつけるとチン、という澄んだ音が響き、思い思いにグラスを煽った。
しかし、日本ではもちろん英国でもまだ成人年齢に達していないアカリはまともにお酒なんて飲んだこともなく。恐る恐るグラスを傾け、ほんの少し口に含んだ。すると芳醇な香りがすっと鼻を抜け、後から苦味とアルコールが果実のような香りと共にやってきた。重みのある舌触りに驚きながらも美味しい、と零した。

「これは私の好きな銘柄の一つなの。赤ワインと言ったらこれしかないわ」

気に入ってくれたようで何より、と微笑んだクローディアは木箱を呼び寄せた。この中に入っているからね、とアカリに手渡す。お礼を言うと肩から下げていたポシェットの中に入れる。どう見ても木箱よりも確実に小さいポシェットは拡大呪文がかけられており、木箱はポシェットの中にちゃんと収まった。

「ところで、アカリはどうしてワインなんて?」
「クリスマスの準備をしていて」
「ああ、なるほど。この男共は荷物持ち兼ガードマン?」
「イルさんもアレクさんも、偶然会っただけなのに買い物に付き合ってくださったんです」

ありがとうございます、と改めてお礼を言うと向かいの二人はそれぞれ肩をすくめたりウインクで返した。
すると、隣に座っていたクローディアが突然身を乗り出しアカリの両肩を掴んだ。驚いたアカリは思わず仰け反るもすぐに体勢を立て直しクローディアに向き直った。

「アカリ、貴女いつからこの二人のことを名前で呼ぶようになったの?」
「たった今日からだよ、ボクが呼んでほしいってお願いしたんだ」
「ずるいわ、ねえアカリ、私のことも名前で呼んでくれる?」

そう得意げに言うイルバートのことを鋭く睨みつけたクローディアはすぐさまアカリの両手を握り、じっと瞳を見つめる。
その綺麗な紫紺で懇願されるような眼差しを受け、アカリは何度も縦に首を振った。

「本当?嬉しい」

ぱあっと花が咲いたような笑みを浮かべたクローディアはギュッとアカリを抱きしめる。ニコニコと機嫌の良さそうに笑いながらボトルから自分のグラスにワインレッドの液体を注ぎ、ぐいっと煽った。

「アカリはもうクリスマスプレゼント、買った?」
「いいえ、まだです」
「そうなの?なら良ければ明日買い物に付き合ってもらえないかしら」

毎日時間を持て余しているアカリはその誘いを二つ返事で引き受けた。
よかった、と嬉しそうに瞳を細めたクローディアは勝ち誇ったかのように向かいの二人に口角を上げた。

「男共に抜け駆けされたままなんて嫌だもの」
「ああいやだ、女の嫉妬は醜いよ」
「イルバート」
「はいはい」

アレクシスから制止の声がかかり、イルバートは仕方なさそうに肩をすくめる。そんな彼を呆れたように見たアレクシスはグラスに残っていたワインを飲み干すとコートを手にして立ち上がった。

「そろそろ俺は帰る。ワイン、美味かった」
「あ、じゃあボクも帰ろうかな。アカリちゃんもおいで、送っていってあげる」
「はい」

ワインやグラスをキッチンの方まで浮かせたクローディアが扉を開けると、それぞれコートを羽織りながら立ち上がりぞろぞろと店まで出る。
あの爆発なんて最初からなかったかのように綺麗になった玄関から外へ出ると、辺りはもう夕闇に包まれていた。

「クローディアさん、ワインありがとうございました」
「こちらこそ、アカリに会えて嬉しかったわ。明日13時にグリンゴッツの前でいいかしら?」
「大丈夫です、楽しみにしていますね」

にっこりと微笑んだアカリはまた明日、とクローディアに言うと道の先で待っていてくれている二人の元に向かう。
アレクシスが差し伸べている左手に触れた瞬間、視界が暗転した。

一瞬の間の後、繋がれた手をぐいっと力強く引き寄せられ瞼を開けると三人は厳かな門の前に立っていた。
支えてくれていたアレクシスに礼を言うと、アレクシスは思い出したかのようにパチンと指を鳴らした。
すると何もない空間から大きな紙袋が二つ出現し、浮いていた。

「紙袋はアカリのあとを追っていくからこのままにしておいて大丈夫だ」
「ありがとうございます、お昼も食材も支払っていただいてしまって……」
「好きでやってるんだから、アカリちゃんは気にしないで」

そうにこりと微笑むとイルバートはゆっくりとアカリの髪を撫でる。じゃあまたね、とウインクを一つするとその場で姿をくらませた。
アレクシスもイルバートのようにアカリの頭に手を伸ばし、くしゃりと髪をかき混ぜるようにして撫でた。わ、と思わず漏れたアカリの声に今日は楽しかった、と笑った。

「こちらこそ、初対面なのに色々とよくしていただいてありがとうございました」
「…………ああ、気にするな。
また次見かけたら声をかけてくれ」

それと、と続けたアレクシスはニヤリ、と笑みを浮かべ悪戯気に瞳を細める。

「お前は、赤よりも黒の方が似合う」
「え?」

アレクシスはただそれだけを言うと、すぐに姿をくらませてしまった。彼の言葉の意味を考えようにも判断材料がない。首を捻りながらもぷかぷかと浮かんでいる紙袋に目くらまし呪文をかけ、次いで自分にも忘れずかけてから門をくぐった。

***

「−−−追い払われた、だと?」

一方その頃、闇の帝王は自室にて二人の死喰い人から報告を聞いていた。跪く二人のうち一人はアカリを尾行するよう依頼された男。何故かその頬には煤がついており、ローブは焼け焦げボロボロになっていた。

「はい、金髪碧眼の少し髪が長い男と黒髪に琥珀色の目をした長身の男に突然奇襲をかけられまして」
「…………黒髪に、琥珀色の目」

ついでに長身の男と言えば、あの男しかいないだろうとヴォルデモート卿はある一人の姿を思い浮かべる。金髪碧眼の男に心当たりはないが、色を変えているのだとしたらあのアルビノを隠しているとしか考えられない。

「まさかあのような邪魔が入るとは思わず………」
「もう少しで押し勝てていたのです。どうか、どうかお許しください!」

ぎゃいぎゃいと煩わしく言い訳ばかりを並び立てる目の前の虫二匹に蔑んだような視線を向ける。びくりと肩を揺らした二人はカタカタと身体を小刻みに震わせた。

「もういい、下がれ」

そのただの退室命令にほっと息を吐くのもつかの間、すぐさま姿をくらませた死喰い人たち。ヴォルデモート卿が再び思考の渦に飲まれ黙り込むと静寂が部屋を満たした。

「…………やはり、厄介だな」

どのような関係かは知らない。むしろアカリからすれば関わりが薄いように見える七つの大罪の生き残りたち。三人が三人とも何故かアカリのことを気にしているような素振りを見せていたかと思えばこの始末だ。

「自分のモノに手を出されることが、何よりも腹立たしいものだというのがわからないのだろうか」

いや、あの連中ならそれをわかったうえであえて手を出してきそうなものだ。人知れずため息を吐いたヴォルデモート卿は、ギラつかせた瞳を細める。

「たとえ七つの大罪だからといって渡す気など、毛頭ない。
アカリは、私のモノだ−−−」

ぐしゃり、と手の内にあった書類を握りしめたかと思うと掌の上でそれは突如燃え盛り、あとには灰すらも残らなかった。

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