琥珀の龍


「まずは、漏れ鍋に行けばいいのかな」

マグルの街への行き方なんて知らない。しかし、確か漏れ鍋はマグルの街に面していたはずだ。

そうと決まれば、とアカリは自室に戻る。煙突飛行をするためだ。
基本的に、姿くらましでは知らない場所へ行けない。想像ができないからだ。

ずっと手に持っていたローブをソファに置き、クローゼットからコートを取り出す。マグルの世界では、ローブは目立つだろう。
そして暖炉の前に立つと煙突飛行粉を手にして勢いよく投げ入れ一歩踏み出す。
漏れ鍋、と呟いた瞬間、視界が暗転した。

「おっと」

勢いよく暖炉から吐き出されたものの躓くことなく両足で着地できた。
全身についた煤を魔法で綺麗にすると、カウンターに立っている男性に声をかけた。

「あの、すみません」
「いらっしゃい、どうかしたかな?」

人懐こい笑みを浮かべた彼は、きっとここの店主のトムだろう。彼の他に従業員のいないこの店には、昼間だというのに何人かの客が思い思いにお酒を楽しんでいた。

「マグルの街に行きたいのですが」
「マグル?それならそこの扉だよ」
「ありがとうございます」

いってらっしゃい、と送り出され指差された扉をくぐる。
一歩足を踏み出すと、そこは懐かしささえ感じる世界だった。

喧騒に紛れ、コンクリートの地面を足で感じる。
そう言えば、イギリスの街を歩いたのは初めてだ。

辺りにはヒールを踏み鳴らし颯爽と歩く女の人や、コーヒーを片手に話し込むカップル。
スタイリッシュな街並に、これが英国かと胸が高鳴る。

さて、スーパーはどこにあるのかと辺りを見渡していると、突然後ろから肩を叩かれた。

「っ!?」
「こんにちは」

慌てて後ろを振り向くと、灰色のコートに身を包んだ男の人がにこやかに立っていた。
一瞬誰かと思考を巡らしたが、すぐにあっと声を上げた。

「イグニアさん!」
「久しぶり、アカリちゃん」

にこにこと微笑む彼は、真っ白な髪をブロンドに、そして瞳をサファイアブルーに染めたイルバート・イグニアその人だった。

「一瞬誰かわかりませんでした」
「だと思った」
「お似合いです」
「本当?ありがとう」

ふわりと微笑む彼に、どうしてこんな所に、と問いかけようとしたその時。

「−−−おい」

イグニアの真後ろから、誰か知らない男の声が聞こえた。

「勝手にふらふらするなと言っているだろう」
「ああ、見つかってしまった」

彼は人差し指を唇に当てると悪戯っぽく舌を出してくるりと後ろを振り向く。相手の姿はイグニアに隠れて全く見えない。向こうからもアカリの姿は見えていないだろう。

「そんなところで何をしていたんだ」
「いいや、特に何も」
「特に何も?一人でこんな道のど真ん中に突っ立って?」
「そうだよ」

あっけらかんと嘘を吐くイグニアに呆れるも、何故嘘を吐くのかと不思議に思う。ただ相手をからかいたいだけなのだろうか。
痺れを切らして声を出さないように目の前の彼の裾を引っ張る。

「嘘だよ、ナンパしていただけ」
「は?」
「ほら」

一歩彼が横に退くと、相手の全貌が明らかになった。
黒いコートに身を包み、同じ漆黒の髪を持つ長身の男。驚きに見開かれた瞳はとても綺麗な琥珀色をしていた。

「こんにちは」
「……………………」

一瞬固まっていた男だったが、すぐにイグニアを鋭く睨みつけた。

「お前、わざとか?」
「いいや、全くの偶然。アレクこそ知っていたのかと思ったんだけど」
「知っていたら来ない」
「それもそうか」

何やら怒っているような様子の男をアレクと呼んだイグニアは、アカリに向き直ると彼を手で指し示した。

「アカリちゃんはこいつと会うの初めて?」
「はい」
「こちらアレクシス・アドヴァース。アレク、この子のことは紹介しなくていいよね?アカリちゃんだよ」
「アレクシス・アドヴァース?」

覚えのあるその名前に、アカリは思考を巡らす。何かの本で読んだような、と首を捻った瞬間、ふと思い出し手を叩いた。

「七つの大罪の……!」
「当たり、ドラゴンくんだよ」
「おい、その言い方はやめろ」
「ドラゴン?」
「ボクらはそれぞれ動物を象った紋様が身体に刻まれてるんだ」

ほら、と言って後ろを向いて裾を捲ったイグニアの腰には、蝿のような虫を象った紋様が確かに刻まれていた。

「それで、アレクはドラゴンの紋様なわけ。肩にあるんだっけ?」
「そうだ」
「いいよね、蝿ってなんかかっこ悪いし」
「いいじゃないか、『蝿くん』?」

アレクシスが馬鹿にしたように口調を真似ると、裾を元に戻したイグニアはアレクシスの肩を叩いた。

「そういえばアカリちゃんはどうしてこんなところに?」
「あ、スーパーに行きたくて」
「スーパー?よくヴォルデモート卿が許してくれたね」
「わたしも不思議で」

ヴォルデモート卿、という言葉に眉を顰めたアレクシスを気にしながらイグニアさんはどうして、と問う。

「そこに新しくイタリアンができたらしくて、評判がいいから行ってみようと思ったんだ。そういえばアカリちゃんは昼食べた?」
「いえ、まだです」
「じゃあ一緒に食べよう」

決まり、と彼はアレクシスの背中を押す。おい、という抗議の声を無視して歩みを進める2人を慌てて追いかけた。

****

「あまり並んでいなくてよかったね」

数人並んでいたレストランに入るのに、そう時間はかからなかった。
案内された店内はジャズ曲のかかっている少し照明が暗い大人な雰囲気の店だった。窓際の丸テーブルに案内された3人は窓が正面になるようアカリを座らせ、その左にイグニア、右にはアレクシスが座る。

「少し遅い時間だからだろう」

そう金の懐中時計をズボンのポケットから取り出したアレクシスはすぐにそれをしまい水と共に運ばれてきたメニューを手に取った。
同じように運ばれてきた水を受け取ったイグニアはありがとう、と微笑むと女性店員は頬を赤らめ小走りで去っていった。
それはそうだろう、二人共顔がとても整っているのだから。
アレクシスの呆れたような視線を向けられたイグニアはその視線を無視するとメニューを開く。

「ここはパスタが有名なんだよ」
「俺はピザにする」
「人がせっかく説明してやってるのにおかしくない?」

ねえ?と同意を求められたアカリはどうしようもなく苦笑を返した。
メニューに目を落とすと、美味しそうな写真がたくさん載っている。
どれにしようかな、と選んでいると右から注がれる視線に気づいた。アレクシスは黙り込みアカリをじっと見ている。
目が合いそうで視線を上げられないアカリはイグニアに視線を向けるも彼はメニューに夢中だった。
どうしよう、と悩んでいるとイグニアの決めた、という声に彼の視線が移りほっと息を吐いた。

「ボクはアラビアータにしよう。アカリちゃんは?」
「ええと、ペスカトーレにします」

視線が気になっていて決めていなかったアカリは咄嗟に目に入ったものを口に出した。
イグニアはそれに頷くと軽く手を挙げ店員を呼ぶ。先ほどの女性店員が少し頬を染めてメニューを聞きに来た。

イグニアが注文をしている間、また右から視線を感じた。気づかないふりをしているのも限界を感じ、ちらりと見上げるとすぐに逸らされる。
何なのだろうかと困惑しているとイグニアから声をかけられた。

「アカリちゃん何飲む?」
「え?うーん、ジンジャーエールでお願いします」
「じゃあジンジャーエール二つ、あとコーヒー」
「おい」
「どうせ聞かなくてもコーヒーだろう?」

そう呆れたように言われるとアレクシスはむっつりと黙り込む。肩を竦めたイグニアにメニューを手渡された店員はさらに頬を赤くし先ほどと同じように小走りで去っていった。

「本当にコーヒー好きだよね」
「カフェイン中毒なだけだ」
「それもっとダメだろう」
「お前には言われたくない」

イグニアはくすくすと笑うとアカリにコーヒー好き?と問いかける。
苦いものが苦手なアカリは首を振って紅茶派です、と申し訳なさそうに言うとボクもだ、とイグニアは嬉しそうに笑った。

「やっぱりイギリス人としては紅茶を嗜まないと」
「それは人種差別ではないのか?」
「違うよ。まあコーヒーもたまに飲むけどさ」
「紅茶は味が薄い」
「まあ確かにコーヒーは刺激強いけど。アカリちゃんは何でコーヒー苦手なの?」
「わたし、苦いものがだめで」
「ああ、なるほど。苦いの苦手な人って多いよね」

アカリが話し始めると黙り込んでしまうアレクシスに、話しかけてみようと意を決する。彼の視線はは手持ち無沙汰に弄られているコップに注がれていた。

「アドヴァースさんはブラックとか飲めるんですか?」
「…………ああ」
「というか、アレクはブラックしか飲まないよ」
「ミルクなんて蛇道だ」
「だって。あとアドヴァースって言いにくくない?アレクでいいよ」
「え」
「おい」
「ボクもイルバートで。むしろイルって呼んで」

前から言いたかったんだよね、と笑うイグニアから困ったように視線を移されたアレクシスは、はあ、とため息を吐くと小さく頷いた。

「…………アレクさん、とイルさん?」
「そうそう。本当はさん付けとか敬語も取ってほしいところだけどね」

にこにこと上機嫌に笑うイグニア、改めてイルバートに呆れたような視線を送るアレクシスはアカリにその視線を向けた。

「お前は今あの男の屋敷にいるのか?」
「そ、そうです」

突然声をかけられ驚いたアカリはどもってしまった。愉快気にアレクシスを見やるイルバートを気にしつつ、前から気になっていたことを聞いてみることにした。

「あの、前から聞きたかったんですけど、皆さんって卿とどんな関係なんですか?」
「関係かあ」

説明しづらいね、とコップを傾けるイルバートに賛同するように頷いたアレクシスは眉根を寄せた。

「彼がサラザール・スリザリンの直系子孫だからですか?」
「それもなんだけど、アレクシスが最初に接触したんだよね?」
「したくてしたわけじゃない。あっちが勝手に俺のことを調べて接触してきたんだ」
「ふうん。まあこっちからも用件はあったからコンタクト取っておいて正解なんじゃない?」
「結果的にはな」

用件?と気になった単語を尋ねようとしたその時、先ほどとは違う女性店員が料理を運んできた。

「ペスカトーレとジンジャーエールが彼女、でアラビアータとジンジャーエールがボクだ。他はそこに置いてもらえるかな」
「お前な………」
「はいはい」

目の前に置かれた底の深い皿の中はスープパスタとなっていて、大きな海老と貝がトマトスープから顔を覗かせていた。
手渡されたスプーンで一口含んで見ると、濃厚でコクのあるトマトの風味と魚介の味が合わさっていてとても美味しかった。
カットされたライムが縁に刺さっているエールのグラスに手を伸ばすと、真横に置いてあるタバスコをイルバートが手に取った。
そしてそのまま、自身の皿の上で何度も何度もタバスコを振り始める。
その異常としか言えない量に絶句していると、隣のアレクシスが声をかけた。

「そろそろ止めたらどうだ?」
「もう少し辛くした方が美味しい」
「いやそれは味が既にしないだろう」

元々の赤みではなく完全にタバスコの赤となってしまったパスタをくるくると掬い、口に含む。見てるだけで唇が痛みそうだが本人は美味しい、と口元を緩めた。

「正気じゃない」
「うるさいカフェイン中毒」
「舌バカにだけは言われたくない」

ムッとしたイルバートはアレクシスの一瞬の隙をつき、ピザを二切れ奪った。
抗議の声を上げるアレクシスを無視し、一切れを皿に分けアカリに差し出す。

「はい、どうぞ」
「え…………」
「お前本当に性格悪いな」
「何とでも。あ、ボクのと一口交換する?」
「誰がいるか」

パスタが巻きついたフォークを掲げてみせると、それを嫌そうに見るアレクシス。ピザの乗った皿を困ったように見たアカリは、別の取り皿にペスカトーレをスープと共に取り分けた。

「あの、これどうぞ」
「………俺か?」
「はい、ピザありがとうございます」

イルさんも、ともう一皿取り分けると嬉しそうに笑ったイルバートがボクの食べる?と皿を差し出す。それを丁重に断ると少し残念そうにしたイルバートはまたタバスコをペスカトーレにかけ始めた。

アレクシスはそれを見ないように小さく悪い、と断ると差し出された皿を引き寄せフォークを器用に使いくるくると巻きつける。
断られなかったことに安堵したアカリはピザにかぶりついた。

「アカリちゃんって他に聞きたいことない?中々会えないし今のうちに聞いてね」
「え?ええと」

問われたアカリは咀嚼し口元をナプキンで拭くと、フォークでパスタを巻きつけながら思考を巡らせた。

「前に、わたしの身体は成長しないって言われたと思うんですけどあれってもう少し細かく言うと一切変わらないんですか?」
「それは術を教えた本人から聞こうか」

そう視線を向けられたアレクシスはコーヒーを飲んでからアカリを見やった。

「厳密に言えば一切変わらないわけじゃない。一定の周期で全てリセットされるだけだ」
「一定の周期と言うと?」
「そうだな、一週間といったところか」
「一週間…………」
「怪我をすればどれだけ軽くても重くても一週間経てば元通りだ。病気も然り」
「便利ですね」
「いや、そうでもない」

首を振った彼はテーブルクロスに落ちてしまったトマトを一瞥し、ナプキンで指を拭うととん、とテーブルを叩く。すると一瞬のうちに染みと共にトマトは消えてしまった。

「絶対に一週間では治らないだろう怪我や病気も治ってしまう。失明したり、足や腕が切り落とされても、だ」
「なるほど」
「それと妊娠もしない」

エールを飲んでいたアカリはその言葉を聞いてむせてしまった。アレクシスはうわあ、という目で見るイルバートの視線に気づかずナプキンを差し出した。

「に、妊娠?」
「ああそうだ。そもそも月経が来なくなっただろう」
「はあ……………」

ありがたくナプキンを頂戴したアカリは気の抜けた声しか出なかった。何とも気まずい空気が流れ、別の話をしなければ、とアカリは再度口を開いた。

「あと、なんだかとても魔力の量が多いみたいなんですが」
「魔力?」

訝しげに眉を顰めるアレクシスに手を貸せ、と言われフォークを皿に置き大人しく右手を出す。それを掴むと、少し力を込められた。すると魔力が集まってきているのかじわじわと熱を感じる。

「これは…………」

驚いたように瞳を見開いたかと思うと、イルバートに視線をやった。頷いた彼もアカリの右手に触れる。すると彼もまた同じように瞳を見開いた。

「これって、サラザールの……?」
「十中八九そうだろうな」
「サラザール?」

聞こえた単語を聞き返すと、顰めっ面のアレクシスがゆるく首を振った。

「悪いが、これはまだ話せない」
「…………わかりました」

正直気になったものの引き下がるしかない。大人しく頷くと、気を取り直したようにイルバートが声を上げた。

「さて、そろそろ出ようか」
「そうだな、長居をしてしまった」

すっと自然な動作で伝票を攫ったイルバートはさっさとレジまで歩みを進めてしまう。
慌てて彼を追おうとすると、アレクシスから制止の声がかかった。

「ここは俺たちが払う」
「で、でも」
「こういう時は男に払わせておけ」

いい女になるためにはな、と悪戯っぽく笑うアレクシスに驚くも、その気遣いに胸が温かくなる。
会計を終えたイルバートが帰ってくると、店から出る。外は昼間よりも少し気温が下がったようだった。

「ごちそうさまでした」
「気にしないで。あ、アレクあとで割り勘ね」
「俺は払うのか」
「冗談、これくらいいらないよ」

くすりと笑ったイルバートが指先で挟んでいた白い紙切れを魔法で消し去る。

「今のなんですか?」
「ん?ああ、さっきの彼女の連絡先」
「え!?」

何でもないように発した言葉に驚くも、アレクシスはただ呆れたような視線をやるだけだった。

「ま、貰ったとしてもいい迷惑だけどね」

そう言って肩を竦めると、アカリににこりと微笑んだ。当のアカリはそんなドラマのようなことがあるなんて、とすっかり感心してしまっていた。

「アカリちゃん、スーパーに行くんだよね?」
「あ、はい。そうです」
「じゃあボクらもついて行こう」
「え、でも」
「買い物には荷物持ちが付き物でしょ?」

こう言いだした時のイルバートが折れることはない。短い間ではあるが、それくらいのことはわかるようになったアカリは厚意に素直に甘えることにした。

「それじゃあ、よろしくお願いします」
「はい、お願いされました」
「スーパーはあっちだったか」

不思議な三人組で、マグルの街のスーパーに向かう。それが何とも面白くて、アカリは笑みを零した。


****


「それで、何を買いに来たんだ?」
「ええと、これです」

ポシェットの中身を漁り、一枚の羊皮紙を取り出す。サフィアに書いてもらったものだ。

「ここに書いてある食材を買いに来たんです」
「………ああ、クリスマスの準備か?」
「わかりますか?」
「この時期に七面鳥を買うなんて、それしかないだろう」

確かに、と頷くと返してもらった羊皮紙を片手に店内を見渡す。カゴは荷物持ちなんだから、とイルバートが持ってくれた。

「芽キャベツは……、あった」

入ってすぐにある野菜コーナーに並べられたものの中から芽キャベツを取る。差し出されたカゴの中にありがたく入れ、また歩き出す。

「もう作るメニューは決めているのか?」
「はい、一応」
「なに作るの?」
「七面鳥と、スープとマリネ、あとアヒージョ、サラダ、カプレーゼです」
「へえ」

いいなあ、と零したイルバートにアレクシスがにやりと笑いながら彼の脇腹を肘で突く。

「じゃあ三人で仲良くクリスマスパーティーとでも洒落込むか?」
「いいね、彼女からお許しをいただければの話だけど」
「可能性は5%ってところか」
「限りなく0だろ?」

彼女、というのはおそらくクローディアのことだろう。そういえば、豊かな金髪と溢れんばかりの色気を持つ彼女にしばらく会っていなかった。

「最近クローディアさんに会えてないんですよね」
「そうなの?そういえばこの前見かけたな、また男連れてた」
「へえ、今度はどこのだ?」
「あれは、確か魔法省の魔法法執行部の幹部だったような気がするけど」
「彼女の人脈には常々驚かせられる」
「人脈ですか?」
「コネとも言うな」

そう飄々と言ってのける両脇の二人に半ば呆れつつ海鮮コーナーのタコに手を伸ばす。

「アサリってありますか?」
「ん、あるよ」

タコと共にカゴの中に入れられるアサリを横目に羊皮紙を再度開く。
サーモンとエビは貯蔵庫にあったはずだ。

「………アカリちゃん、ちょっとカゴをお願いしてもいいかな」
「え?はい、大丈夫です」
「俺はあっちのでいいだろう?」
「じゃあボクはこっちか」
「え、あの……?」
「ここでちょっとだけ待ってて、ね」

にこりと笑ったイルバートは角を曲がりどこかへ行ってしまった。アレクシスはその反対側へと歩みを進め、彼と同様姿が見えなくなった。
わけがわからずその場に立ち尽くし、イカの目玉を見つめているとすぐに二人はほぼ同時に帰ってきた。

「ただいま」
「おかえりなさい、どうかしたんですか?」
「煩い羽虫を駆除して来た」
「…………羽虫?」
「そうそう、しつこくついて来るからうざったくて」

意味深な笑みを浮かべる二人だったが、正直に答えてくれる気はなさそうだったのでアカリははあ、と適当に相槌をうった。

「七面鳥買いますね」
「お、メインだ」

今度はアレクシスにカゴを奪われお礼を言いつつ移動する。男、しかも整っている顔立ちの二人に挟まれている東洋人の少女、という組み合わせはなかなか目立つようで、何人かの女性の目線が気になったものの、当の二人は気にせず何やら軽口を叩き合っていた。

「お、あったあった。立派だね」
「こっちの方がいいんじゃないか?」
「そうですね、それにします」

そう手渡された七面鳥は通常のものとは違い、一回り小さいものだった。確かに卿と二人で食べるのならこれくらいのサイズがちょうどいいだろう。
それからしばらくして三人は店内を回り終えるとすっかりカゴが重くなっていた。

「これで大丈夫です、ありがとうございました」
「いえいえ。何かアルコールとかは?」
「アルコール………」

そういえば、ヴォルデモート卿はよく赤ワインを飲んでいたような気がする。

「赤ワインってありますか?」
「あると思うけどスーパーのって美味しくないよね」
「専門家に聞くべきだろう」
「確かに」
「専門家?」
「クローディアは大の酒好きなんだ」

そう苦笑したアレクシスは颯爽とカゴを手に持ったままレジへと向かう。
置いて行かれたアカリは今度こそ払わせるわけにはいかない、と追いかけようとするがイルバートに手を取られ、出口の方へと引っ張られた。

「イルさん、あの、お会計が……」
「いいからいいから。アレクに払わせといて」
「そんな、お昼もご馳走になったのに」
「男を立たせるのもいい女の仕事だよ」

アカリはアレクシスと同じことを言うイルバートに驚き瞳を見開くと、すぐに諦めたように脱力した。

「お礼はしますからね」
「じゃあクリスマスプレゼントを期待しようかな」
「期待しててください、ちゃんと頑張って選びます」
「それは楽しみだ」

くすくすと楽しそうに笑うイルバートにつられ、アカリを笑みを零す。少し経ってから大きな紙袋二つ分に入れられた食材を抱えたアレクシスが戻ってきて、呆れたような視線を向けられた。

「楽しそうだな」
「アレクさん!すみません、ありがとうございます」
「いや、気にするな」

パチン、とアレクシスが指を鳴らすと、重そうな紙袋は二つとも消え去った。ちらほらと人がいる通りで堂々と魔法を使ったことに驚きながら慌てて辺りを見渡すと、一人としてこちらを気にしている人はいなかった。魔法で見えなくさせているんだと説明され便利なものだと感心していると、イルバートが繋いでいた手に力を込めた。

「ほら、アレクシスも」
「ああ」

何をするのか、と不思議に思っていると、空いている左手にアレクシスの右手が触れ握られる。

「アカリちゃん、目を瞑っててね」
「え、何を−−−」

するんですか、と問いかける前に。
ぐらりと身体が傾き、視界が暗転した。

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